このアルバムという花は巨大だ
サエキけんぞう

 このアルバムという花は巨大だ。

 ロック界全体が素晴らしい花屋だった時代があった。その興奮を覚えた佐野元春が、全く景色の違ってきたこの時代に、気候の違いをシミュレーションし、変わり果てた精神の迷路をくぐり抜け、花を咲かせ続けている。このアルバムにはロックの原初的な興奮がよみがえる。この花は、薬などで無理やり咲かせ続けた花ではない。かつて若かったどの植物も枯れてきているこの時代に、みずみずしく包容力のある百花繚乱の香りを、意志の魔法で現出させた。 グルーヴに注目しよう。かつての彼の2つのバンドと比べてみよう。

 若いスネア、清水のようなハイハット、もぎたてのギター・リフの音色・・・。心で感じたい。この新しいバンドの音の凄さは、耳の奥を爽快になでつける、虹彩の裏側を吹き抜けるような音の粒を持っていることだ。それは、とても耐えられないような世界を生き抜こうとするには、風のように美しく清々しいグルーヴが必要だ、というように。サバイバルのためのクリアーな刃が花弁となった。ロックは様式美ではなく、その時代に必要なエネルギーを示すことが使命なのだ。

 ピンクフロイドのようにシュールで豪華なジャケット。その真ん中の男は、不覚にもダイスを転げ落としてしまった。今、人間はあり得ないほど危険なもろさの文明の中を生きている。日常が壊れてしまうことは簡単に予感している。そんな我々の真の姿を現したビジュアルといえるだろう。崩壊の恐ろしさを体感してしまった男が出会う数々の風景がこのアルバムのテーマなのだ。

 そんな物語を、佐野元春&コヨーテバンドの言葉とサウンドは美しく、優しく紡ぎ込む。カタストロフに抗する決意に、爽やかなせせらぎの調べが聞こえる。ロックの花の懐はこんなにも深くなった。

 「どんな時代がそこに流れたって確かな君はつぶされない」そのメッセージのパワフルな手ざわりを「とびきりのバンドの音」で聴いてみないか?