声と言葉と音が同時に入ってくる『BLOOD MOON』
高橋健太郎

 声と言葉と音が同時にすっと入ってくる。だから、ストンと腑に落ちる。まだ一週間ほどしか聞いていないのに、部屋の空気への馴染み具合は、何十年も聞き続けてきた好きなアルバム達と変わらない。『BLOOD MOON』はそんなアルバムだ。

 たぶん、それは基本過ぎるほどの基本にこだわって、作り上げられているからだろう。10年目を迎えたコヨーテ・バンドとともに作り上げた三作目。単なるプレイヤーではないメンバーが集まっているが、それぞれが自身の活動でマルチな才能を吐き出している分、このバンドに集結した時には基本に返るのかもしれない。

 アレンジなどという言葉が必要ない次元で、バンドがただ演奏している。とはいえ、それはラフな演奏とか、レイドバックした演奏というのとは違う。余計な音は一つもなく、足りない音も一つもない。精密なギアが噛み合ったかのようなスピーディーなバンド・サウンドが全編を貫いている。

 大好きな「ヤングブラッズ」にも似たノーザン・ソウル的なコード展開に導かれる冒頭の「境界線」、ロニー・レインが居た頃のフェイセスの英国カントリー風味が香る「本当の彼女」、初期スティーリー・ダンを思い出すラテン・ロック調の「バイ・ザ・シー」などなど、織り込まれた70年代的なフレイヴァーに心躍る曲も多い。が、ノスタルジックには響くことなく、確実にアップトゥデートされた感覚が漂うのは、コヨーテ・バンドが獲得したその精密なスピード感ゆえかもしれない。

 ヒプノシスの作品群を思わすジャケット・デザインも、そんなサウンドと呼応しているのだろう。それは思わず、メッセージを深読みしたくなるものでもある。頭上に詰まれた積み木を、恐ろしく微妙なバランスを維持していなければ、社会人として生きていくことが許されない世界。次は貴方が積み木を落としてしまう番かもしれない。そんな不安をこのジャケットは表現しているかのようだ。

 グローバルな市場原理に押し潰され、たくさんのものが壊れ、失われていく時代。私達はそこで何を大事に守り、何に無謀にも挑むのか。そんな問いをこのアルバムから感じ取るのも難しくない。とはいえ、歌詞カードを幾ら眺めても、分かりやすい答えは見つからないだろう。むしろ、それははぐらかされ続ける。が、だからこそ、僕はアルバムをまた最初から聴くのだ。そして、降り注ぐ問いの中で、静かに高揚していく。声と言葉と音が同時にすっと入ってくる『BLOOD MOON』は、そんな経験をもたらすアルバムでもある。

 シンガー・ソングライターとバック・バンドの音楽では完全になくなって、バンド・サウンドを含めて、あるいはジャケット・デザインまでを含めて、作品全体がメタなメッセージを発するプロダクションに、佐野元春は進んだと言っても良さそうだ。60代に差しかかかった彼が、そんなチャレンジの中にいることにも、強く勇気づけられる。