時代の語り部、佐野元春の面目躍如たるアルバム
北中正和

 『Blood Moon』はいまこの世界についての歌や、そこに暮らす人々についての歌で構成されている。語り手が直接自分はこうだ、自分はこうしたいと言うより、何かを観察し、叙述する歌のほうが多い。といっても、世界を突き放して客観的に見るのではなく、語りをとおして語り手が影絵のように浮かび上がってくる歌が多いから、語り手についての歌という面もある。

 そこには喜びがあり、不安があり、悲しみがあり、怒りがあり、警告があり、希望がある。言葉数は少ないが、歌の言葉は磨き抜かれ、聞き手には想像する余地がたっぷり残されている。その想像は作者の意図と重なることもあれば、予期せぬ方向に散乱することもあるだろう。しかしほどよい逸脱を含めて作者は聞き手と想像の自由を分かち合うことを楽しんでいるのだと思う。

 よくこなれた演奏は電気楽器が普及した20世紀後半のポピュラー音楽のリズムやサウンドによっている。主な成分はロックやR&Bだ。カントリーやラテンやその他の音楽のこだまもある。身体性に根ざした緊密な演奏や歌に、コンピュータのリズムからの直接の影響はないが、テクノロジーに囲まれた暮らしや感覚の変容に無自覚というわけでもない。

 時代の証言者、語り部としての佐野元春の面目躍如たるアルバムだと思う。