‘BLOOD MOON’ USBハイレゾ盤

佐野元春新作『BLOOD MOON』ハイレゾ盤を聴いた!

text=片寄明人 (GREAT3、Chocolat & Akito)

 佐野元春&ザ・コヨーテ・バンドの新作「BLOOD MOON」の音が遂に届いた。昨年から、あちこちでザ・コヨーテ・バンドの面々と顔を会わすたびに、「次のアルバムは凄いよ。」「いまのザ・コヨーテ・バンドは最高にいい演奏してるから、片寄もツアー観に来た方がいいぞ。」「佐野さんが書いてくる新曲の数が尋常じゃないんだよ!」などなど…、口を開けば、新作への期待が高まる言葉ばかりを口にしていたコヨーテ・メンバー達。

 そしていま我が家のスピーカーから流れる「BLOOD MOON」。彼らが何をもって僕にそんな言葉を投げかけてきたのか、その答えが存分につまった素晴らしい仕上がりに胸が熱い。15歳の頃から、毎回楽しみにしてきた佐野元春の新譜を聴く瞬間です。言葉を綴ることなんて横に置いて、ただただその世界に没入したくなってしまう自分なのですが…。

 ここで紹介したいのは、この新作のために最新のフォーマットとして用意されたUSBハイレゾ盤のこと。

 ハイレゾという言葉、最近様々なメディアで聞くことも多いのではないでしょうか。その真価を理解し、楽しんでいる人も日々増えつつある印象ですが、その一方で「ハイレゾってなに!?」っていう人もまだまだたくさんいることだと思います。

 ハイレゾの定義については色々ありますが、シンプルに言うとCDに収録されている16bit 44.1Khzという情報量を上回る、24bit以上のフォーマットで作られた、CDよりも高音質なメディアだと僕は理解しています。

 この「BLOOD MOON」ハイレゾ盤は24bit/96kHzというレートで制作されているので、数値的にはCDの約3倍の情報量が含まれています。これを盤にしようとするとCDには到底収めきれず、DVD、もしくはBlu-rayのディスクを使わなくてはならないほどの容量。

 それを特製のUSBメモリに収録したのがこのヴァージョンなのです。

 ちなみに近年の音楽制作現場では、24bit、もしくは32bitでレコーディング作業を行い、CD製品にするためのマスターを作る最終段階であるマスタリングという作業で16bitに情報量を落としこんで仕上げることが多いと思います。

 つまりこのUSBハイレゾ盤に収録された、この24bit/96kHzのファイルこそ、佐野元春がレコーディング・スタジオで実際に聴いていた音、その仕上がりにOKを出した音に最も近いフォーマットともいえるでしょう。

 ハイレゾとCDの関係は、映像でいうところのBlu-rayとDVDの違いに近いと思うのですが、パッと見て誰にでもその情報量の違いがわかる映像に比べて、音のほうは少々複雑です。巷で売られているハイレゾ音源も、同じ24bitでも作品によって44.1kHzから192kHzまで様々なレートで仕上げられていて、それだけでビギナーは混乱必至かもしれません。そして、数値の高さと情報量が比例するため、192kHz=最も音が良い、と考える人も多いかもしれませんが、一概にそうとも言えないのが音楽の面白いところ。

 ちょうどこの「BLOOD MOON」が我が家に届いた頃、山下達郎さんが自身のFM番組で語った「ハイレゾ音源には興味はありません。ロックンロールは48kHz、24bitで十分だと思います。」という発言が各所で話題になりました。この発言の意図は自分にもよく理解できます。

 中域の塊感にこそ、ロックンロールの醍醐味があるのではないか!?というが僕の私見なのですが、192kHzなどの高いサンプリング・レートにすることで実現する、大きくハイファイに拡がる音像空間を求める必要はそこになく、仰る通りの24bit/48kHzでも十分、むしろそのほうがロックンロールを表現しやすいという考えだと思います。

 日本オーディオ協会が所有しているハイレゾ・マークの規格は24bit/96kHz以上だということから、「ハイレゾ音源には興味はありません。」という発言になったのではないかと想像するのですが、山下達郎さんがレコーディング現場で採用している24bit/48kHzという規格も、CDを上回る情報量という意味では、十分にハイレゾだと思います。そして自分は16bitと24bitというビット数の違いが音楽に与える影響はとても大きいものだと考えています。

 音の良さを言葉で表現するのは難易度が高いのですが、自分の感覚では「24bit音源は16bit音源に比べて音楽が濃い」という表現が一番ふさわしいかもしれません。素晴らしいハイレゾ音源を聴いた時によく感じる事なのですが、CDでは聴き流してしまう細かな演奏面のニュアンスや、各楽器の絡みの凄さに耳が惹かれ、より音楽の世界に没頭できるのです。

 自分にとって、あくまで重要なのは24bitであること、そしてそれに付随する44.1〜192kHzのサンプリング・レートはその音楽によって、例えばクラシックやジャズ、音数の少ないアコースティックものや、アナログテープ・マスターの旧譜ハイレゾ化には192kHz、より音圧感や塊感を求めるロックには48kHzなど、ふさわしいレートを制作者がそれぞれに選べば良いのではないかというのが、僕の考えです。

 かつて90年代にアナログ・レコードの名盤が数多くCD化された時代がありました。僕もこぞってその機会にCDへと買い換えたものですが、レコードでは感動の鳥肌が立った作品が、なぜかCDでは立たない…そんなことが何度かあったのです。そこでオリジナルのアナログ・レコードにもう一度針を落としてみると、やはり感動の鳥肌が立つ…その時にはじめて、CDになった時に何かが失われてしまう、何かが薄まってしまうこともあるんだという事実を痛感しました。

 もちろん素晴らしい表現でCDへと変換された名盤も数多くあります。それは前述したマスタリングという変換作業を行うエンジニアの手腕によるものでしょう。例えば大瀧詠一さん自らがマスタリングに関わった「NIAGARA CD BOOK1」。これは自分にとって、16bitのCDで、こんなにも音楽的で楽しい表現を封じ込めることができるんだ!と目から鱗のような体験をさせてくれたCD集でした。

 誤解を恐れずに言えば「音の良さ」というのは、決して数値で計れないものだと僕は感じるのです。16bitのほうが24bitよりも音が良いという感性も、時にmp3のほうが迫力がある!という感性も十分にあり得るとすら思います。ちょっとしたハイレゾ・ブームの昨今ですが、24bit音源だからすべてが素晴らしいか?といったら、とんでもない。ただサンプリング・レートを上げてハイレゾ化しただけで、むしろCDで聴いたほうが良いような作品も少なくないですし、元々の録音が良くなければ、ハイレゾになったところで何も良くはなりません。玉石混合というのが現状なのです。

 そして、素晴らしいハイレゾ音源となるかどうかの命運は、元々の録音、ミックスの良さはもちろんのこと、それを手がけるマスタリング・エンジニアに懸かっていると言っても過言でないと思います。

「BLOOD MOON」のハイレゾ・マスタリングを手がけたのは、米ニューヨーク、スターリング・サウンドのエンジニア、テッド・ジャンセン。ポール・マッカートニー、ザ・ローリング・ストーンズ、ノラ・ジョーンズ、ザ・ポリス、ビリー・ジョエル、コールドプレイ、etc…。彼が手がけた名盤を挙げたら枚挙にいとまがないほどの名匠です。

 テッドが手がけたこの「BLOOD MOON」24bit/96kHz音源はロックンロールの塊感、音圧、勢いを削ぐことなく、見事に仕上げられています。グイッとボリュームを上げても耳に痛くなるどころか、疾走感そのままに、迫力とスケールが増していく感覚は24bit/96kHzならではと言えるでしょう。

 今作の録音とミックスを担当した日本を代表するエンジニアのひとり、渡辺省二郎氏によるリアルでライブ感に満ちたサウンドは、楽器が振動し、アンプから音が発せられる様子、メンバーによる丁々発止のやり取り、スタジオの大きさまで伝わってくるかのような、有機的な喜びを堪能させてくれる音。パソコンで編集された音楽がほとんどの昨今、とても新鮮で胸が高鳴るサウンドなのです。そしてこの「BLOOD MOON」をテッド・ジャンセンが仕上げたハイレゾで聴くことで、僕にはその魅力がさらに倍増して感じられました。

 ザ・コヨーテ・バンドの面々が口々に語っていた「演奏していて最高にスリリングで、気持ちいい感覚」をリスナーが共有するにはこのハイレゾ盤は最高のメディアかもしれません。ぜひCDを聴くときよりもボリュームを上げて、全身で体感してもらいたい音なのです。

 この原稿を書くにあたって、佐野さんにハイレゾ音源について、どう考えているのかとメールで質問しました。

── 佐野さんはハイレゾ盤をどう思っていますか?
「Blood Moon HDは、今ハイレゾで聴ける、国内最高のロックンロールサウンドだ。今の僕の考えは、アナログ盤かHD。アナログ盤とHDは、世の中が圧縮音源に傾く中、カウンターとしての意義がある。そこがロックンロールだとも言える。もはやCDの音は半端な位置にある、MP3はプレビュー用だ」

 というのがその答え(HD=High Definition、ハイレゾの意味です)。僕もこれには同感です。実はここ数年、あれだけ大量に買っていたCDの購入量が減り、新譜も同時にアナログ盤やハイレゾがリリースされているならば、そのどちらかを選んで購入するのが、僕の日常のリスナー生活。

 貴重なお金を払うならば、最高のクオリティのものが欲しい、と考えてしまう、ある意味で貧乏性の僕は、CDならともかく、MP3などの圧縮音源を買うことは、なんだか損をしているような気持ちになってしまうのです。

 アナログ・レコードにはジャケットなどの物理的魅力があり、その音質も自分にとって理想的なものだったと再発見していますし、制作者の意図を忠実に反映したマスターに近い音を聴いてみたいという欲求から、気に入った音源はハイレゾでも聴いてみたいというのが、偽らざる気持ちなのです。

── 山下達郎さんが「ハイレゾ音源には興味はありません。」という発言をなさっていましたが、佐野さんはどう感じられますか?
「この前、ラモーンズをHDで聴いた。HDで聴いても、ジョニー・ラモーンが弾くギターの高速ダウン・ストロークの疾走感に変わりはなかったよ」

 そうメールで語ってくれた佐野さん。彼は素晴らしいマスタリング・エンジニアならば、24bit/96kHzのハイレゾ・フォーマットでさらに高品質なロックンロールが表現できると考えているようです。これは自らハイレゾ音源を聴けるポータブル機器「PONO」まで開発し、自分の作品は常にハイ・サンプリングなハイレゾ音源とアナログ盤でもリリース、MP3は「水深300mの水中で音楽を聴いているに等しい」とまで言って切って捨てる、ニール・ヤングとも相通じる姿勢と言えるでしょう。佐野さんからのメールをもう少し引用させてください。

── マスター音源についてどう考えますか?
「僕の考えは、マスター音源はできればふたつ持つのがいいと思う。ひとつは、24bit/96kHzレコーディング/マスタリング後のデジタル・マスター音源、もうひとつは、アナログ・ハーフインチに落としたアナログ・マスター音源。この先、時代が進んで、供給メディアがどう変わっても、このふたつのマスター音源さえ持っていれば、いつの時代でもいい音にトランスファーすることができ、ファンに最高の音をプレゼントできる」

── リスナーの聴く環境が多様化してきています。
「僕はDaisyMuiscというレコードメーカのレーベルプロデューサーでもある。レーベルプロデューサー視点で言えば、MP3、CD、アナログ盤LP、ハイレゾと、リスナーの音楽の楽しみ方が多様化している現在、リスナーがそれらを自由に「選べる」ようにしてあげるのがメーカーの仕事だろうと思う。その先に広がる音楽文化を見据えてのことだ」

 これはまったくもって理想的な意見。それを実現する佐野元春と、支える音楽愛に満ちたリスナーたちとの関係を、心から羨ましく思います。

 最近はApple Musicをはじめ、定額聴き放題のストリーミング・サービスも話題です。僕もさっそく登録しましたが、たくさんの未知なる音楽に、月額わずかな金額でいくらでも触れられるのは音楽好きにとって夢のようなこと。いずれこれらが主流となっていくのも時代の流れだと思います。

 しかしそれらもYouTube同様、自分にとっては低音質で手軽に色んな音楽を試聴できるメディアでしかありません。たとえマニアックな少数派と呼ばれようと、やはり気に入った作品はアナログや、CD、ハイレゾで購入し、最高の音質で楽しみたいという気持ちに、今のところ変わりはないのです。

 ハイレゾを聴くには機材も必要だし、ハードルが…という人も少なくないと思うので、ここでちょっとだけ解説しましょう。

 ベーシックなやり方として、パソコンと、USB DACさえあれば、ハイレゾ音源は思っているよりも簡単に、その世界を堪能できるのです。USB DACは3万円以下のものからありますし、(ちなみに僕が愛用するTEAC UD-501は実売で8万円前後です。)これを導入することで、ハイレゾ音源のみならず、すでにパソコン内に取り込んでいるMP3などの音も、より良質に再生させてくれる可能性があります。

 また前述したニール・ヤングが開発した「PONO」のように、ハイレゾ対応のポータブル・プレイヤーも各社から発売されています。これがあれば、単体でヘッドフォン、もしくはカーステレオや自宅のステレオに繋いでハイレゾを色んな場所で楽しむことも可能です。今まで愛聴してきた音楽が、新鮮な感動と共に蘇る喜びで、自分はここ数年音楽を聴くことがまた楽しくなり、とても幸せです。興味のある人はぜひ試してみてください。

 若い頃はオーディオに10万円つぎ込むなら、レコードを50枚買ったほうが全然いい!なんて思っていましたが、いい音で音楽を聴く快感を味わってしまうと、今まで自分が聴いてきたのはなんだったんだ!という衝撃で、もう戻れません。。。

 あぁ、書きたいことが多すぎて、肝心の「BLOOD MOON」の内容に触れるスペースが少なくなってしまいましたね。佐野元春ファンなら、この作品の素晴らしさは、みんな一発でわかるはず。僕なんかの言葉は必要ないことでしょう。と言いつつ、せっかくなので少しだけ感想を。。。

 冒頭を飾る名曲「境界線」を筆頭に、血の騒ぐようなロックンロールと、泣きたくなるほどの切なさが1曲の中に共存するという、佐野元春にしか持ち得ない個性が全開となった楽曲が多いことが、僕にとって何より最高なこと。まるで賢者と少年がひとりの人間の中に同時に存在しているかのような佐野元春の魅力、深い哀しみを裏に隠した、胸を打つポジティヴィティはこの「BLOOD MOON」でも変わることなく、輝いています。

 ザ・コヨーテ・バンドの面々は、元GREAT3、現Curly Giraffeの高桑圭、そしてGREAT3の97年〜2001年までをサポート・ギタリストとして支えてくれたPLECTRUMの藤田顕、長年の盟友であるPLAGUES、Mellowheadの深沼元昭、そしてNona Reevesの小松シゲル、Schroeder-Headzの渡辺シュンスケ。渡辺氏をのぞく4人は僕の音楽活動とも浅からぬ縁を持ったメンバーばかりということもあり、そんな彼らが、ティーンエイジャーの自分にとってアイドルだった佐野元春とアルバムを作っているという事実が、いまだ不思議で、そして嬉しくてなりません。

 2007年のザ・コヨーテ・バンド初作品「COYOTE」では、これだけの個性的なメンバーをもってしても、見事なまでに佐野元春サウンドの中に吸収してしまうという、その強烈な個性にあらためて驚かされたものですが、この「BLOOD MOON」からは「ZOOEY」を経て、そこから大きく進化した佐野元春&ザ・コヨーテ・バンドを感じます。

 冒頭の「境界線」こそ、王道の佐野元春サウンドを、ザ・コヨーテ・バンド流に奏でたかのようなサウンドに、安心感、安定感を感じたものの、次曲の「紅い月」以降はぐいぐいと新たな領域へとその音楽的冒険を進めて行きます。

 特にスティーブン・スティルス〜マナサスを彷彿とさせる、ラテン・ロックな色濃い曲「バイ・ザ・シー」は、僕が知るザ・コヨーテ・バンドのメンバーの個性と、佐野元春の個性とが絶妙に交差した嬉しい驚きに満ちた名曲。ぜひライブで体験してみたい曲です。

 あぁ、まだまだ語り足りない素晴らしいアルバムなのですが、いい加減長文なので、もうこのへんで筆を置きましょう。

「BLOOD MOON」ハイレゾ盤は、まさにスタジオでレコーディング・セッションに立ち会っているかのような瑞々しい感動を呼び起こしてくれる音源です。ひとりでも多くのファンが、この最高のロックンロール・アルバムを最上級の音質で体験してくれますように!

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