ハートランドからの手紙#191
掲載時:2006年5月
掲載場所:「THE SINGLES」インナーブックレット
掲載タイトル:「THE SINGLES」リリースに寄せて

 このシングル集を編集するために最初に行ったことは、オリジナル・シングル・バージョンのテープを探しだし実際に聴いてみることだった。それはちょっとした時間旅行だった。どのシングル曲にもそれぞれの時代の自分がいた。

 ミュージシャン達の演奏は忘れかけていた光彩を放っていた。堂々としたサキソフォン、僕の鼓動と一体したリズム・セクション。強烈なギターと叙情的なピアノ。最高のミュージシャン達と共に活動できたという幸福。ここでは、夢や希望、喪失と悔恨、気取りと誠実、邂逅と別離、情熱と虚無、そんなあれこれがごちゃまぜとなって音楽として鳴り響いている。

 今回「ガラスのジェネレーション」が自分の中で25年間の旅を経て完全な円を描いた。当時のマルチテープを引っ張りだしてきて、新しいパフォーマンスが実現した。レコーディングを手伝ってくれたホーボーキングバンドは、24歳の僕とセッションするハメとなった。ドラム、ベースを差しかえて、新たにアコースティックギター、オルガン、クラリネットをダビングした。ヴォーカルとピアノだけ当時のものを残した。当時の若く熱く固い自分の声。一瞬、胸を締めつけるような記憶を呼び起こす。サウンドのミックスはオリジナルを手がけてくれた伊東俊郎が行った。演奏の新と旧が完全に混ざりあい言葉にならない光彩を放つ。それは言いたくないが奇蹟だった。僕は納得した。もうどこにも帰らなくていい。

 このシングル集はよくある "懐かしのコレクション" とは違う。かつてどこかでここにある曲を楽しんでくれたみなさんと一緒に良いものを共有し、また先に繋がっていくためのものであってくれたら、そんなにうれしいことはない。

2006初夏
佐野元春


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