06 | アルバム『フルーツ』
1995-1996



 「僕の庭ではじまる」。ザ・ハートランドを解散から2年弱、前作『ザ・サークル』からは実に2年半のインターバルを経て届けられたアルバム『フルーツ』。その歌詞カードの最初のページにはこう書かれている。

 


 スタジオ・ミュージシャンとの1年以上にも及ぶセッションの末に生み出されたこのアルバムは、その名の通りまるで色とりどりの果実のように多彩な音楽的広がりを感じさせるできとなった。ストレートなロックンロールからストリングスを導入したワルツやバラードまで、フレンドリーなポップ・チューンからサンプリングを駆使したラップ、アブストラクトなポエトリー・リーディングまで、佐野元春は、再びソロ・アーティストとしてのスタート・ラインに立ち、新しい表現のプロトタイプをぎっしり詰めこんだおもちゃ箱のようなアルバムを届けてくれたのだ。

 歌われるテーマもさまざまだが、アルバム『ザ・サークル』までの佐野が「成長」について歌い続けてきたのだとすれば、このアルバムで佐野は明らかに違うものについて歌い始めているように思われる。それは「成長」よりはむしろ「成熟」、そして「死」。冒頭の「僕の庭ではじまる」というコンセプトは、このアルバムがある意味で極めて個人的な作品であることを印象づけるが、それは同時にその個人的な生と死、人間の成熟という根源的な命題をロック表現の新たなテーマとして普遍化することができるのではないかという問いかけを構成している。

 このアルバムはそうしたテーマをポップ・ミュージックのフィールドでどのようにディールして行けばよいのかというひとつの意欲的な試みに他ならない。歌詞カードの最後には「僕の庭で終わる」と書かれている。それはあたかもひとつの人生そのものを想起させるではないか。

(西上典之)



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