全ての孤独な旅人のために
芳賀幸友

 佐野元春の3年ぶりの新譜。既に僕はヘビーローテーション状態です!

(6/23付けのエントリーでも書きましたが、)このアルバムで元春はレギュラーのホーボー・キング・バンドを使わず、自分より一回り下の世代のミュージシャンとバンドを組んでレコーディングに臨みました。そのサウンドがとてもシャープなバンドサウンドだったことに、まず僕はぐっときましたね。佐野元春のアルバムで、オープニングが甘いストリングスやアコギの音ではなく、エッジの効いたエレキのカッティングから始まってるのは、久々なんじゃないでしょうか?

 この新バンドに、僕はとてもブリティッシュな香りを感じます。実際にはそんなにたくさんストレートなロックが収録されているわけではないんですが、どの曲でも深沼元昭の弾くフレーズが非常にロックなテイストを感じさせてくれるので、全体としてかなりエッジの効いたサウンドに仕上がった印象を受けます。

 そんなわけで、僕も最初は久々にロックな元春を堪能できるっていう感じで『Coyote』を聴き始めたんですよ。が、曲が進むにつれ、今度は元春の書いた詞の世界、散りばめられたコトバの数々に打ちのめされていきましたね…。

 アルバムに収められた12の曲の主人公は、皆深い絶望を感じながら生きていて、この世界の何処かで同じような孤独を感じている誰かとの繋がりを強く求めているように思えます。誤解を恐れずに言ってしまえば、僕はこのアルバムに佐野元春の深い孤独と憂鬱を感じました。そして、アルバムを聴く僕自身の抱えた孤独にも、否応なしに気付かされることになりました。

 元春は、このアルバムを “コヨーテという男を巡るロードムービーのサウンドトラック” なんて言ってますが、2人称の歌詞が多いせいか、客観的にストーリーをなぞるような聴き方が、僕にははどうしてもできません。アルバムを聴いていると、バーチャルな空間で自分が元春と対峙しているような感覚に捉われてしまうんです。元春のコトバで自分の中の孤独な魂が呼び覚まされ、時空を超えて元春と共鳴し合っている…。そんな感覚ですね。

『Coyote』で提示された世界観は、前作『THE SUN』よりも更にシビアだと思います。『THE SUN』は、新しいレーベルを立ち上げ、大人のリスナーに向けたロックを作っていくことを宣言したアルバムだから、これからのキャリアの幕開けを告げる華々しさも感じられたし、歌詞の内容も割ととっつきやすかったと思うんです。ところが、『Coyote』では、具体的なストーリーを感じさせる表現はほとんど見られなくなりました。よりシンプルな歌詞になり、普遍的で聞き手独り独りに直接訴えかけるコトバを意識して使っているように感じます。そんな、元春の想いが詰まった珠玉のコトバの数々が、シンプルなバンドサウンドと融合して聴き手それぞれのイメージを膨らませていく…。そんなアルバムだと思いますよ、これは。

 ちょっと話は脱線するけど、80年代にロックのお題目だった “自由” って言葉がありますよね。振り返ってみると、あの頃の僕はこの言葉の本当の意味をわかってなかったんじゃないかと思うんです…。あの頃だって、頭にくることや憂鬱なことは、そりゃあたくさんありました。だけど、基本的にはこの国の未来は今より明るくなるって信じていたし、得体の知れない閉塞感に苛まれるようなことはありませんでした。そんな中、やれ校則がうるさいとか、やれ学校が退屈だとか、些細なことで自由がないと思っていた僕…。自由の本当の意味を知らなかった僕は、本当は限りなく自由だったんだよね。少なくとも、今の閉塞した時代に生きる若者達よりも、ずっと幸せな時間を過ごしていたと思います…。

 大人になった今、僕はあの頃よりも、国全体が “不自由” になりつつあると感じられて仕方がありません。20年前よりも明らかに状況は悪くなっています。誰もが狭い自分の居場所にしがみつき、他人を蹴落としてでも “勝ち組” でいたいと思っている…。時空を超えたコミュニケーション・ツールになると期待され、元春自身も入れ込んでいたインターネット社会も、少数意見を排除して弱者を傷つける荒野と化している…。80年代にロックで育った僕たちは、誰もこんなグロテスクな未来地図を予想してはいなかったでしょ?

 今ここにある社会で自由を求め続ければ、人は孤独と向き合わざるを得なくなるというシビアな現実に気付いている人は、世代を問わず、今すごく多いと思うんだ。そんな人たちにとって、このアルバムの “気まぐれな進歩はもういい” とか “ShowReal” とかのコトバは、ものすごく突き刺さるフレーズだと思いますね。

(盟友RE2Oさんのおっしゃるとおり、)現実を真っ向から見据えた『Coyote』は、聴き手にある種の痛みを感じさせます。だけど、すごく美しいアルバムでもあると思うんですよ。そう、『Coyote』には元春の万感の思いの詰まった美しいコトバがたくさん入ってます。“気高い孤独” なんてコトバ、佐野元春以外の誰が歌えます?そして、“うまくいかなくても かまわない” とまで歌い切る元春の悲壮な決意に、僕は深く深く胸を打たれました。80年代に華麗なBoys Lifeを歌った元春が、身を切るようにコトバを紡ぎ、音を編んでいく様を見ていると、なんだか胸が潰れるような思いがします。でも、これが佐野元春という人の生き方なんでしょうね。これからも、死ぬまで元春はこんな旅を続けていくんだろうなあ…。

 生き馬の目を抜くようなこの社会で自分らしさを見失いそうになった時、この空の何処かで佐野元春というミュージシャンも孤独に闘っている…。そう思うだけで、僕は救われたような気持ちになります。

 『Coyote』。長い長い付き合いのアルバムになりそうですよ。