The Underground Live '98


1998/08/30 都内某所

佐野元春&The Hobo King Band
有料オンラインライブ“地下室からの接続”
1998年8月30日
有料オンラインライブのためのアコースティックライブ
を都内某所から完全生中継。

久しぶりに覗いた“Sony Music”のホームページには、こんなことが書いてあった。一般の人はインターネットで見るかスカイパーフェクトTVで見るしか出来ない。会場にはプレス関係者しか入ることは出来ない。そして私は今、その都内某所の会場に来ている。
今回のライブを取材に来た友人(某コンピュータ雑誌記者)、その知人で元春グルービーな某雑誌記者、そして友人の手伝いで来た私の3人でライブの始まりを待っている。会場がプレス関係者でいっぱいに埋まると主催者から今回のライブの主旨説明などの話があり、少し時間をおいて我々が来た入口と同じ所からバンドのメンバー達が入ってきた。全員長髪で、いかにもミュージシャンと言った雰囲気が漂っている。そして最後に独特のウェーブのかかった髪をなびかせて佐野元春が入ってきた。彼は会場中が全て見渡せる位置まで入ってくるとスッと立ち止まり、大きな拍手の中ステージの方をじっと見つめた。会場中の視線は彼に注がれ、そしてそれを楽しむかのように彼はニコッと微笑み、さらに大きくなる拍手に押し出される様に彼は会場の中心に用意されたサークル状のステージに上がっていく。彼とメンバー合わせて5人がステージを囲む様に中心に向かって座りそれぞれが自分の楽器に命を吹き込み始める。パーカッション、ウッドベース、アコーディオン、そしてギター、どれも電気的なものはなく本来の音が楽しむ事が出来る楽器だ。そう少なくとも私の記憶の中では初めてのことであろう佐野元春のアンプラグド・ライブだ。デジタルな試みの中でのアナログなライブ。考えただけで興奮してしまい血圧が200オーバーになりそうだ。
部屋の明かりが消えステージの上のライトだけが5人のミュージシャンを照らしている。5時のスタートにはまだ少し時間がある。すると彼らは煙草に火をつけくつろいだ表情を見せる。まだ煙草の灰が灰皿に運ばれていないうちにスタッフのカウントが始まり彼らが慌てて火を消している間にショーは始まってしまった。目にみえない観客たちに佐野元春から挨拶が始まる。明かりに映し出される彼らの周りにはまだ煙がまとわりつき、まるで小さなナイトパブで演奏しているかの様な感じに見える。彼からビューアー達(佐野元春がそう呼んでいた)へのメッセージがあり、その言葉が途切れないうちに昨年発売されたアルバム「THE BARN」の“ヤング・フォーエバー”が始まった。3日前にこのアルバムを買い(実は発売されてたことを知らなかった)毎日聞いていたけど、それとはまた違った優しい感じの曲に味付けされている。それからは途中、曲の解説やアルバムを作った時の話などをはさみながらこのアルバムの曲を合計7曲演奏した。佐野元春も言っていたが、今回は会場がプレス関係者しかいないため普段のコンサートとは違い、全員が静かに彼らがこの初めての試みをどうこなすか見守っている。私はというと、曲に合わせて動いてしまう体を必死に押さえつけ、そのかわりに体中の感覚を使い彼らの演奏を味わっていた。周りを見ると同じように遠慮しがちに体を揺らしている人が何人かいる。やはり彼のファンが紛れ込んでいた、たとえ黙っていても体は正直なものだ。隣を見ると元春グルービーな記者は彼に穴があくほど熱い視線を送っている。こんな目の前で佐野元春の歌を聞けるなんてファンにとっては至福の一時だろう。
前半が終わりスカイパーフェクトTVにCMが入った。そのわずかな時間を使ってインターネットユーザーのために佐野元春自身がVAIOを使ってメッセージを紹介するはずだったが、準備に手間取っているあいだにCMは終わり結局はたいしたこともせずそのまま後半に突入。思わず彼の口からも「タバコも吸えなかったよ…」という言葉がもれた。そんなほのぼのとした雰囲気の中、今度は昔の曲が始まる。アルバム「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」の“ジュジュ”からスタート、佐野元春歴16年の私にとっては後半のこれからが楽しみでしょうがなかった。続けざまに同じアルバムから“愛のシステム”、その後にはファーストアルバムから1曲と、どの曲も何十回と聞いているのはずなのに元の曲が思い出せないぐらいに新鮮に感じる。まばたきをするのも忘れるぐらいにステージを見ていると、いつの間にかスカイパーフェクトTVの時間は終了。ここからはインターネットのみ、するとさらにアレンジを変えて別の曲のようになった“インディビジュアリスト”が始まった。今回のライブで間違いなくベストソングだろう。そして最後はスローなアレンジの“サムデイ”、今までこの曲は吠えるように歌っている彼しか知らなかった私にとっては、また新しい佐野元春を見せつけられたような気がした。う〜、かっこいいじゃないか!
そして、あっと言う間に1時間のライブは終了。主役達は拍手の中を満足そうに帰っていき、そして会場に明かりが戻った。主催者から「別室に軽食とお飲み物の用意がしてありますのでどうぞ…」と放送が流れる。後日“Sony Music”のホームページを見てみると、この言葉ぐらいまでインターネットには流れていたらしい。ちなみにその軽食とは、サンドイッチ、鳥の唐揚げ、小魚のフライ、ポテトサラダ。お飲み物は、どこかの国のビールとバドワイザーが用意されていた。皆がライブの余韻を味わい、語り合っているその間に会場は片づけられ、さっきまでの出来事は何だったのだろうと思ってしまうほどの速さで雰囲気が変わっていく。しばらくすると主催者側との質疑応答が始まり、ようやくここに集まった人達が仕事をしているような姿に見えてきた。何人からか質問があり私の皿の上の食べ物が無くなる頃に再び彼がやってきた。ライブの時とは洋服も変わり表情もリラックスしているように見えた。さっきまで彼らが演奏していた場所には椅子がひとつだけ用意され、これから佐野元春のインタビューが始まる。彼は椅子に腰掛けるとさっきまでは吸うことの出来なかった煙草を吸いはじめた。主催者からの「何か質問はありませんか?」という合図がかかると、一瞬会場が静かになり誰も手を上げない間ができた。そしてそれを確認してから一人の記者から手が上がる。彼は記者の質問を聞きながら横に用意されたウイスキーの水割りらしきグラスで喉を潤す。その後も何人からか質問があり、彼独特の詩を読むような喋り方で淡々と答えていった。そして主催者から「佐野元春さんはこの後のスケジュールがありますので…」と言われ追い出されるように帰ってしまった。私たちも佐野元春が残していった余韻を全身で感じながら雨の降る銀座の街を抜けて帰っていった。


(Hirano ) Wed, Sep 2 1998 23:21:07 JST