『Maniju』『Maniju』雑想 ~ まともでいるように、狂わないように
名川 敦

 元春のニュー・アルバム『Maniju』を発売されて以来ずっと聴いてる。アルバムを聴いて浮かんだイメージ、雑想をまとめておきたい。なお、このアルバムから受け取ったメッセージはオレが勝手に感じた事です。元春の制作意図や歌に込めた想いは積極的に無視しています。ご容赦。

 聴いた第一印象は複雑なメロディ、リズムの曲が多いってこと。過去の元春のどのアルバムとも結びつかない。新しいメロディ、新しい歌い方、まさに「新しい佐野元春」だった。そして、アルバム全体を包んでいるのは明るく穏やかなトーンだ。シリアスな世界について歌っている、残酷な世界に振りまわされる個人を歌う点では『Zooey』、『Coyote』と共通しているが、前2作の様にシリアスなテーマをシリアスに歌うムードは今作では見られない。いや、そのシリアスさがオレは好きだし特に「紅い月」なんかは未だに聴くけれど。今回のアルバムは過去の作風とは一線を画している。流石、佐野元春。同じことは繰り返さない。

 オープニング「白夜旅行」は次から次に曲調が変わるマジックの様な曲。グルーヴ感溢れるリズム隊、そしてシュンスケのキーボードが素晴らしい。踊るキーボード・ソロは何となくブルース・ホーンズビーを思わせた。

 「悟りの涙」。最初は傷ついた誰かを励ます優しいソウル・バラッドと思った。そのうち、「ブルドーザー、シャベル」「あの人は押しつけるだろう」の歌詞が気になった。沖縄米軍基地反対運動を扱っているように思えるし、ヘイトスピーチ、イジメを扱っているようにも思える。「蒼い鳥」はポール・マッカートニーが歌ったら似合うような洒落た小品。でも、そこで歌われるのは自由に表現する事への強い意志。これは共謀罪に対して寄せた詩「僕の蒼い鳥がそう言っている」の流れにある気がする。 「朽ちたスズラン」は、アルバム『The Burn』の「誰も気にしちゃいない」に通じる曲。話が通じない、無関心、そういう世情を嘆いているように聴こえる。

 他の曲でも世の中の欺瞞や荒れ果てた世界を描いている。でも、どの曲も聴いてて重苦しい気分にはならない。聴き終った後、落ち着いた気分になる。笑顔になっている自分がいる。

 多分、この歌たちは「嘘をつく聖者や悪い事を企んでいるあの人」を非難したり告発したり、「ウソの真実」を暴きたいわけでは無いだろう。寧ろ、そういう荒れ果てた世界に傷つき、取り残された人たちに寄り添おうとしている。 「大事な君」に「前に進もう」、「忘れていいんだよ」、「心配ないよ」と何度も語りかける。寄り添う事の限界を知りながら、小さな存在を見守る側にいようとしている。それは、アジアン・カンフー・ジェネレーションGotchが東北大震災の被災者と触れあい、「何も出来ず途方に暮れて寄り添うしかできなかった」と語っている姿勢に共通している。寄り添うだけ、見守るだけ、君が大事だと語りかけるだけ。でも・・だから信頼できる。 『Maniju』の歌たちからは、そんな穏やかな優しさ、温かい思いやりを感じる。

 そして、ラスト。アルバムタイトル曲「マニジュ」。過去の「Mr.アウトサイド」、「太陽」、「東京スカイライン」に繋がるサイケな曲。次から次に溢れるイメージ。静かだけど狂気と破壊力を孕んだ歌・・・、歌詞・・・。ハッキリ言って滅茶苦茶だ!(笑)散々、荒れ果てた世界を描いた挙句に、「君は僕のスタァ」なんて、あんまりなフレーズが飛び出てきて、最後は、いきなり「もう心配ないよ」で閉じる。歌詞に一貫性もストーリーも無い。ぶっ壊れてる。こんなにぶっ壊れた元春の歌は初めてだ。元春、サイコーだよ(笑)。素晴らしい!

 このアルバムを聴き終った時、笑顔で解放されている自分が居た。元春のアルバムはいつもそうだ。どんなにヘビーな内容でも最後は笑顔で聴き終える。今回もそうだった。そこは昔から変わらない。

 この国の政治、社会、世界・・・、何だかおかしな方向に向かってる。次から次とワケがわからん法律が出来たり、忖度だの自粛だのが求められる。一方で弱者を冷笑し罵倒する差別やヘイトはますます広がっている。みんなが「正義」だの「正しさ」だの「定義」に囚われてお互いを責め合ってる。

 嗚呼、キュークツだ。ホント、キュークツだ。息苦しい。キュークツ極まりない世界で精神(ココロ)の自由をどう保つか、自分をどう解放するか。『Maniju』はそれを教えてくれている気がする。「まとも」に、粋に。このアルバム、いやこのアルバムだけじゃない。元春の歌を聴いていれば「まとも」でいられる気がする。少なくとも怒りや絶望で「狂わないで」済む。・・・そんな気がする。根拠は無いが(笑)

 これからも、何度でも聴こう。まともであるように。そして笑っていよう。何があっても狂わないように。笑顔こそ狂った世界と闘う最高の武器だ。元春の歌がそう教えてくれた。

 ありがとう。