MWS●『No Damage』は、初期の佐野元春ミュージックのマスターピースであり、『THE SINGLES EPIC YEARS 1980-2004』と重なる部分も多い聴きやすいアルバムですね。特に注目したいのは、ベスト盤でありながらオリジナルアルバム並みの充実度。今はCDなのでA面、B面というのはありませんが、前半と後半でテーマが分かれていて、曲自体の編集や曲間の繋ぎなど、非常に作り込まれていますね。
佐野 ●デビューして3年間に『Back To The Street』『Heart Beat』『SOMEDAY』と3枚のアルバムを作った。その3枚を出したときに、世間が「面白いヤツが出てきた」ってすごく騒いでくれたんだ。で、「そんなに評判なら自分でグレイテストヒッツアルバムを作っちゃおうかな」と思って、気楽な気持ちで、ヒットもしていないのに自らグレイテストヒッツアルバムなんて言いながら楽しんで作ったのが『No Damage』なんだ。
過去の音楽でいうと、僕はビートルズを聴くのが好きだった。ビートルズのレコードはロックンロールに加えて、クラシックやジャズなどいろんな要素が凝縮され、とてもよく作り込まれているから、いつの時代に聴いても古くささを感じない。でもローリングストーンズやキンクス、ザ・フーの初期のレコードを聴くと「あちゃー」って感じ。なぜならば、ライブレコーディングのようなラフな作りで、録音状態も悪いし、レコード芸術としてはどうかなと思う。僕はビートルズのような、いつ聴いても飽きないレコード芸術的なアルバムを作りたかったんだ。その考えを進めたのが『No Damage』なんだ。
MWS●Moto's Noteに「ロックンロール版のライ麦畑だ」と書かれていますが、これをもう少し詳しく訊かせていただけますか?
佐野 ●ロックンロール音楽の持っている古典的なテーマ、「成長するってどういうこと?」「大人なんて信じない」。このテーマって映画や小説、他の芸術全般に渡って未だに取り上げられている、懐の深いテーマなんだよね。しかし、それを取り上げるには作家としての力量がないと、たちまち作家性がばれちゃうくらい深いテーマだよ。でも23歳だった僕は、自分なりにこのテーマを克服してやるぞって無謀にも挑戦したくなったんだ。それまでジャック・ケルアックとかJ.D.サリンジャーの小説、いくつかの大好きな青春映画とか見て、自分だったらこう表現するというビジョンがもうすでにあった。そのビジョンに基づいて作ったのが、『No Damage』というアルバムなんだ。
サリンジャーの小説の中の一番特筆すべきところは、それが都市小説で、都市に暮らす少年や少女たちの喜怒哀楽を描いているところだね。「ライ麦畑でつかまえて」の主人公、ホールデン・コールフィールドが悩んで悩んでさまよう街は、ニューヨークのマンハッタンだ。都市というのは、子供たちの目から見たらとてつもない場所だよ。大人たちのどす黒い欲望やインチキ、そんなものに満ちあふれたお化け屋敷なんだ。そんな中で子供たちは生きていかなければいけない。僕も東京で生まれて育ったから、主人公たちのつぶやく台詞のひとつひとつが「あぁ、そうだよね」って、よく分かった。だから「ライ麦畑でつかまえて」のように、都市の中の少年少女を題材として、ご機嫌な音楽をオレにも書けるはずだって思って作ったのが「ガラスのジェネレーション」であったり「サムデイ」や「アンジェリーナ」なんだ。『No Damage』では、都市に暮らす少年少女たちの喜怒哀楽、対大人という対立構造も含めて、佐野元春流「少年少女たちの私小説」を書いてみたかった。
MWS●「ライ麦畑でつかまえて」を読み終わった後、主人公のもつ焦燥感がすごく印象に残るんですよね。'60年代ロックの名曲にも同じ焦燥感をベースに、それでも痛快な一撃 ── 大人達にとっては痛恨の一撃とも言える名フレーズがたくさんあります。ザ・フーの「マイ・ジェネレーション」、ストーンズの「サティスファクション」、あるいはビートルズの「ヘルプ!」。そして『No Damage』にも、「つまらない大人にはなりたくない」とか「本当の真実がつかめるまで」「今夜も愛を探して」など、まさに痛快な一撃フレーズが満載ですよね。
佐野 ●そのような様式が、僕以前の日本のポップ音楽にはなかったんだよ。その様式を、ある人は「翻訳」したと言うけれども、それこそがポップ・ロック音楽の本質であり、洋の東西や国はまったく関係ない。それが10代が持っているやるせなさなんだ。10代というのは経験がないから、武器を持っていない。武器を持ってないから、やられっぱなしでやるせないんだよ。それでも都市に暮らしている限り、大人たちに痛快の一撃を加えなきゃいけない瞬間がままある。当時の聴き手にとって……まぁダンジョンゲームで言うならば、ボスキャラを倒すための武器のように、「ガラスのジェネレーション」の最後の一行「つまらない大人にはなりたくない」や「スターダストキッズ」の「本当の真実が掴めるまで Carry on」という一行が、大人に一撃を加える時の武器であってくれたら良いなと思ってた。
街の子供たちは、大人に対して痛快の一撃をどうやって加えたらいいのか自分では表現できないから、ロックンロール音楽やポップ音楽にそれを求めるという傾向はあるよね。自分の好きなシンガーに「よくぞ言ってくれた。俺が言いたかったのはそのラインだよ」ってね。ディランなんてまさにそうじゃない? 彼は言葉のセンスが天才的なソングライターだから、やるせない10代、20代が言いたくても言えないことをズバリ言って、しらっと歌っちゃったりするだろ(笑)。レノンもそこが非常に上手いと思う。だから『No Damage』ではそれを明らかにしてみせたんだ。このアルバムには、佐野元春の初期のエッセンス、僕のポップ音楽の神髄みたいなものが、ぎゅっと凝縮されている。
[収録曲]
1 . スターダスト・キッズ
2 . ガラスのジェネレーション
3 . サムデイ
4 . モリソンは朝、空港で
5 . イッツ・オーライト
6 . ハッピーマン
7 . グッドバイからはじめよう
8 . アンジェリーナ
9 . ソー・ヤング
10 . シュガータイム
11 . 彼女はデリケート
12 . こんな素敵な日には
13 . 情けない週末
14 . バイバイ・ハンディ・ラブ
※曲名をクリックすると試聴できます。(QuickTimeが必要です )
ノー・ダメージ
(14のありふれたチャイム達)
レーベル:Epic Records
商品番号:ESCB1323
発売日 :1983.04.21
価 格 :¥2,854(税込)