アンジェリーナの日

2010年3月18日、恵比寿リキッドルームでのライブ

元春 and The Hobo King Band featuring 長田 進

ショーの前半は13曲を披露したライブパート

後半はリラックスした雰囲気の中でのトークショー

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佐野元春 30周年アニバーサリー前夜祭「アンジェリーナの日」

2010.3.18 東京・恵比寿リキッドルーム

2010年3月。元春が「アンジェリーナ」というロックンロール・ナンバーを携えてレコーディングアーティストとしてデビューしてから30年となる。この間、様々な作品、様々な活動、様々なツアーを通じて、我々ファンに対してロック音楽とその価値を与え続けてくれた。そんな30年の節目を祝うイベントが、2010年3月18日に東京の小さなライブハウスで行われた。

「アンジェリーナの日」。The Hobo King Band(featuring 長田 進)との縦横無尽なライブ演奏で会場が一気にピークに達した後、しばしのインターバルを挟んで元春のリビングルームに迷い込んだかのような(もしくは海外のTVトーク番組!?)トークショウが行われた。司会はクリス・ペプラー。二人による「30周年を巡る対話」の中には、気になる今度の活動もさることながら、落ち着きとユーモアに溢れた元春の一言一言が、会場にいる記者やオーディエンスの心に響いたことだろう。

そしてこの日の模様は、MWSクルーによってインターネット中継が行われた。ライブの模様はTwitterで逐一アップデートされ、「オープニング〜君を探している」「サムディ」「インディビジュアリスト」の3曲がその場でYouTubeにアップされた。また、トークショウはUstreamによる生中継が行われ、数多くの人たちに元春の姿が届けられた。

YouTube:アンジェリーナの日 オープニング

オープニング

YouTube:アンジェリーナの日:トークショウ Vol.1

オープニング〜30周年活動予定

「カフェ・ボヘミア2010」トークセッション

「アンジェリーナの日」の開催に併せて、東京・恵比寿リキッドルーム内のカフェ「Time Out Cafe & Diner」では期間限定イベント『カフェ・ボヘミア 2010』が開催された。

現代を生きる都市のボヘミア達と文化が集まるカフェを描いた『カフェ・ボヘミア』(1986年作品)。そのコンセプトを実際のカフェで再現したこのイベントでは、デビューから30年の元春の軌跡を映像や音楽、資料、レアアイテム等が展示されたのをはじめ、ギャラリースペースでは監修に片寄明人氏を迎えた企画展、“オルタナティブ80's”を開催。様々な文化が交雑して新しい文化が生まれた1980年代のアートや雑誌、音楽などをギャラリーに展示し、元春の活動全般のバックグラウンドが具現化された。

さらに、会場では4日間に渡り、元春がゲストを招いてトークショー「オルタナティブ80's 佐野元春との対話」も開催。以下のゲストとのトークで大いに盛り上がった。

  • 3月20日(土)片寄明人(ミュージシャン) 「オルタナティブ80's」
  • 3月21日(日)伊藤銀次(ミュージシャン) 「サムデイを巡る回想録」【記録映像
  • 3月26日(金)駿東 宏(アートディレクター「80年代、音楽とアート」
  • 3月27日(土)長谷川博一(ジャーナリスト)「佐野元春、80年代の仕事」【記録映像
「アンジェリーナの日」レポート

30周年アニバーサリーのキックオフに寄せて

原田高裕

 いま、私の手元に「30周年感謝 佐野元春」と題された、一枚のコンパクト・ディスクがある。このCDは、「アンジェリーナの日」当日、来場したゲスト、報道機関といった関係者に配布されたもので、元春からの挨拶と、一つの短い詩の朗読が収録されている。その詩の中で、元春はこんなことを語っている。

「30年前 扉をノックしてくれたのは誰だったのか 表通りに引っぱり出してくれたのは誰だったのか 僕はただ遠くから見ているだけでよかったのに 淋し気な天使=アンジェリーナが僕を誘惑した」

 イベントの模様は、インターネット経由の各種ツールを使ってネット中継・配信されることが、事前に伝えられていた。時間割は以下の通り。

16時〜 ファンからの30周年お祝いメッセージUstream中継
18時〜 ライヴをTwitter & ランブリン+YouTube配信
19時半〜 トークショーUstream中継

 Twitter、Ustream、YouTube、ランブリン…。このように英単語だけを並べると、よくわからない人にとっては呪文のようであり、正直かなり素っ気ない。しかし、2010年3月18日、これらは世界に散らばっている佐野元春ファン&リスナーが“楽しい時”をシェアし連帯するための「血の通ったデジタル・ツール」へと見事に変貌した。公式発表によると、1,000人近くがネット中継を同時に視聴したという。

 このアクションは、大きな事件だったと言える。事実、Ustream動画横のソーシャル・ストリーム機能としてのTwitterタイムライン上には、「画期的」「おもしろい!」といった意見が多数寄せられた。また、「アンジェリーナの日」の3日後には、伊藤銀次と元春とのトークセッションが再びUst中継され、同じく好評を博した。佐野元春、そしてMWSにとって、「ファンやリスナーとの連帯」は最重要のミッション=使命になっている(MWSによる中継活動は1996年に遡る。テレフォンカードを使用しての、ある種無謀な当時の取り組みの記録はコチラにて)。

 ファンやリスナーというと、元春にこのような発言がある。

「もし僕にいま自分のリスナーがいるとしたら、連中達にインディーズのレコードをレコード会社を通さず直結して聴いてもらいたい、という欲望が起こっています」

これは、音楽配信などの環境が整備・浸透した2010年・最新語録のように思われる。しかし、この言葉はイベント開演前に観た企画展「オルタナティブ80's」のパネルに記されていたものだ。1986年の発言という。今から四半世紀も前。私はパネルの前で、軽く立ち眩みしてしまった。

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 「アンジェリーナの日」イベントは、1)ライヴ 2)トークショー&プレス・カンファレンスという二部構成で行われた。ライヴは、元春&The Hobo King Band featuring 長田進というバンドメンバーが演奏した。「ハートランド+ホーボーキングバンド」を想起させる布陣だ。セットリストは、以下の通り。

  • 君を探している
  • ハッピーマン
  • 悲しきレイディオ
  • ハートビート
  • 誰かが君のドアを叩いている
  • 99ブルース
  • ナポレオンフィッシュと泳ぐ日
  • ワイルドハーツ
  • サムディ
  • ニューエイジ
  • インディビュアリスト

<アンコール>

  • ソー・ヤング
  • アンジェリーナ

 これまた曲目だけを挙げてみると、「佐野元春80'sヒッツ・コレクション」といった懐古的な感じを受けるかもしれない。しかし、実際は「99ブルース」「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」などではジャム演奏を繰り広げ、かなりedgyな音をライヴハウスに響かせていた。国内でジャムバンドとしての力量を有しているのは、たぶん元春&The Hobo King Bandだけだろう。そんな貫禄と風格をまき散らしていたライヴだった。バンドに刺激されたのか、着ていた赤のフリースのジッパーを何故か激しく上下させる元春。ステージ上で時折見せる“情緒不安定”系パフォーマンスも、30年を経てますます磨きが掛り絶好調のようだ。

 個人的には、セットリストから一曲だけポツンと浮いているように思える「誰かが君のドアを叩いている」から「99ブルース」に至る流れに注目したい。

 先日のNHK-FM元春レイディオショーにてソングライター自身から語られたことだが、「誰かが君のドアを叩いている」は、90年代初頭の、この国における新興宗教とその神を題材にした曲であるという。2010年3月、地下鉄サリン事件から15年を迎えた。盛大な祝いのお祭りにも時勢の視点を持ち込むのは、佐野元春の真骨頂といえる(こんな背景を持ったこの曲、そういえば発表当時の本人登場テレビCMに採用されていた。なかなかに過激である)。

 「誰かが君のドアを叩いている」の最後では、歌詞カードに印刷されていないが、「素敵なことは まだ訪れちゃいない」という印象的な一節がある。そして、これが「99ブルース」の「いつも本当に欲しいものが 手に入れられない」というラインにビシッと符合していた。どうも、元春は“前線”からの撤退は、さらさら考えていないみたいだ。「まだまだ、満足できないぜ」と、不敵な笑みを湛えている。

 ライヴを観ていて、もう一つ気付いたことがある。それは、あの「モトハルーー♡♡」というgirls達の黄色い歓声、そして「元春ーぅ」というドスの利いたboys達の咆吼の数々、これが昔のままのクオリティ(!?)を保っているのだ、ホントに!驚きと同時に、誇らしくも思った。「30年品質」を侮ってもらっちゃ困るぜ。そうだろう?ファンのみんな。

 こう言っちゃなんだが、佐野元春のファンは、楽曲の世界を自分なりに想像し解釈し愉しむリテラシーが高い。例えば、この前の元春レイディオショーのウェブサイトにあるフィードバック・コーナーには、こんな感じの伝言が投稿されていた。

「君を待っている」(『Time Out!』1990年)に登場する男女が成長した姿が、「レイナ」(『The Sun』2004年)で描かれているんですよね?私は、そう確信しています。

 これは、単なる「ポップソングの消費」とは真逆にある、歴とした文学作品の愉楽(ウィリアム・フォークナーの「ヨクナパトーファ・サーガ」などを参照。また、映画監督クエンティン・タランティーノの物語の作り方における作家性も参考になるだろう)といえるし、30年をかけて真に独自な作品世界を構築してきている佐野元春のファン&リスナーであるからこその“利点・アドバンテージ”でもある。これは、元春にとって、作者冥利に尽きるファンとのやりとりではないだろうか。

***

 特濃凝縮されたライヴが終了、一旦休憩後、元春を主役としたトークショー&記者会見へと突入した。クリス・ペプラー氏の職人話術による絶妙な進行で、元春30年の歩み紹介、2010年=アニバーサリー・イヤーのアクション・プラン発表、著名人からのお祝いビデオレター紹介、プレスとファンからの質疑応答が行われていった。30周年アクション・プランとしては、以下が発表された。

  • NHK-ETV「ザ・ソングライターズ」2ndシーズン、7月より放送開始
  • 元春レイディオショーでの30周年記念特集
  • 2010年秋から2011年春にかけて全国ツアー。ゲストの飛び入りあり!?
  • 各地プロモーターからの要望に応えるポエトリー・リーディングの全国巡回
  • ゲスト・ミュージシャンを招いてのセルフカヴァー・アルバムの発表
  • 音源・映像・原稿などの資産を活用したアーカイヴ作品の発表
  • MWSアニバーサリー・サイトの展開
  • 映画監督堤幸彦氏とのコラボレーション・ムービーの制作、放映

あまり無理しないように…、と老婆心を抱かせるようなヴォリュームである。

 これらの中で、個人的に気になった、いや、正直にいえば違和感が生じたのが「セルフカヴァー・アルバムの発表」である。「佐野元春といえばオリジナル」、こう思っているファンは多いだろう。かく言う私も、そんなクチだ。ここ最近のラジオを聞いていると、なんと安直なカヴァーソングが多いことか。「ミュージシャンの創造性よりも収益の優先を」といった“つまらない大人”の事情が、公然わいせつスレスレの露出度で、巷を闊歩している。そんな状況だからこそ、佐野元春には踏ん張ってもらいたい。そう思っている。

 こんなこと、私が目くじら立てて指摘しなくとも、佐野元春は重々承知しているはずだ。では、その真意はいったいどこにあるのか?そういえば、元春はトークショーでこのような発言をしていた。

「セルフカヴァー・アルバムでは、若い世代とのコラボレーションをやってみたい。そして、新しい世代に僕の曲を聴いてもらいたい」

私は、ここに元春の本心というか狙いというか、切実なる“想い”があるような気がしている。(21日に行われた銀次&元春トークセッションでの質疑応答。「作った音楽をハイクオリティのオーディオで聴く人もいれば、PCのミニスピーカーで聴く人もいる。作り手として、そうした状況をどう捉えるか」という質問に、元春は「元の音をしっかりと良く録り、最良の形で残す。時代により再生フォーマットは変わっていくだろうが、原音がしっかりしていればなんとかなる」といった主旨の答えをしていた。本物=リアルを追求し、つくり上げ、接してもらう。私はここら辺りにも、元春と新しい世代との接点があるのではないかと思っている)

 記者会見も終わり、イベントの終盤、元春からレコーディング・アーティスト活動30周年に寄せたコメントが披露された。

「この、あてのない人生。音楽があることへの感謝。音楽なんて無くたって生きていけるけど、音楽があったおかげでこんなにも見える景色が拡がりました。僕の持っている音楽の情熱のすべてを、皆さんに捧げたいと思います」

音楽なんて無くたっていい/音楽へのたぎるような情熱。誰も聴いてくれないのじゃないか、いや、誰かは聴いてゴキゲンになってくれるかもしれない・・・。佐野元春は、この30年間、ずっとこの“揺らぎ”の中で暮らし、創作し、表現してきたのではないだろうか。

「すいませーん、私レコードひっくり返すのめんどうくさくって、つい聴かなくなっちゃうの」「そうかい、そういう見方もあるんだね」(林真理子 佐野元春対談より抜粋。「オルタナティブ80's」パネルより)

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 冒頭の引用を、ここに再掲したい。「30年前 扉をノックしてくれたのは誰だったのか 表通りに引っぱり出してくれたのは誰だったのか 僕はただ遠くから見ているだけでよかったのに 淋し気な天使=アンジェリーナが僕を誘惑した」

 天使は、「移ろい」のメタファーでもある。そうそう、たまに何かしでかして、下界に堕ちてきたりもする。私はこう思っている。佐野元春にとって、天使とは“「充実した生の獲得」のために揺れ動く心情”の権化・化身ではないだろうか、と。30年前、気まぐれか必然なのか知らないが、天使は「音楽の情熱」という側に元春を誘った。

 佐野自身が「これまでの頂」と評する最新作『Coyote』。この作品のエンドロールで鳴り響くのは、「黄金色の天使」だ。

たとえこの先のこと
風向きが変わっても
君は君のままで
歩いてゆくんだろう

誰もがとまどいながら
大人になってゆく
黄金色の天使を
探し続けて

僕らがいるこの場所で
また今日も一日が過ぎてく
満たされない思いも
さすらう声のままに

黄金色の天使
捜し続けて...

 そして今日、佐野元春は陽光の下、「海=生命=情熱の側」に立ち、目を閉じ、空を見上げ、天使に問いかける。「望みはたったひとつ 自分自身でいたいだけ」

願わくは、我らファンもその傍らに集い、共に唱和せんことを。

2010年3月22日
アンジェリーナ、30歳の誕生日の次の日に