特集=佐野元春『自由の岸辺』が照らし出す現在

シンガー・ソングライターとしての普遍的な魅力

佐野郷子(Do The Monkey)

 昨年リリースされたアルバム『MANIJU』は傑作だった。30数年を超えるキャリアを築き上げた佐野元春が、2017年にこんな瑞々しいロック/ポップを届けてくれることに驚き、その歓びと興奮を「初めてのロックコンサートが佐野元春の横浜文体」の同僚と熱く語り合い、会う人ごとに『MANIJU』の素晴らしさを説いて回っていたほどだ。その熱が冷めやらぬうちに到着した「新作」は、今の佐野元春の充実をさらに確信できるアルバムだ。

 『自由の岸辺』は、2011年の『月と専制君主』以来のセルフ・カヴァー・アルバムだが、その装いはアップデイトの次元を超えて「新曲」のように聴こえてきた。1曲目の「ハッピーエンド」から、絶妙なアレンジと吟味された音色によって歌が深い場所まで染み込んでゆく。既発表曲であるにも関わらず、その曲の新しい魅力と経年に耐えうる強度をあらためて感じることができるのだ。
 この感触は、2012年から「ビルボードライブ」でスタートした佐野元春&THE HOBO KING BAND「Smoke & Blue」のステージを観た人ならお判りかと思うが、そこで試みた新たな表現が熟成されたアルバムでもある。30周年のアニヴァーサリー・イヤーの後、小さなベニューの親密な空間で、「数ある自分の曲をもう一度掘り起こし、新しい解釈を加えて今に響かせたみたい」と始まったこのシリーズは、ホールコンサートではあまり演奏されないレアな曲や新曲がセットに組み込まれ、好評を博して来た。本作に収録された11曲も、2016年、2017年のステージで披露されている。

  「自分の表現したい音楽の中にはアコースティックで、オーガニックな傾向のものがある」と、昨年のインタビューでは語っていた。例えば、デビューアルバム『バック・トゥ・ザ・ストリート』の軽快なR&Rナンバー「夜のスウィンガー」は、「夜に揺れて」と改題され(終演後に会場に張り出されたセトリには「こんな夜には」と記されていた)、ニューオリンズ・スタイルのアーシーなアレンジに変貌。ラテン・ロック、ソウル、レゲエなど多彩なビートを取り入れながら、包容力と温かみのあるサウンドに仕立て聴き手を歌の核心に誘う。
 それを可能にしているのがTHE HOBO KING BANDの存在。佐野とは同世代の彼らは、ダウン・トゥ・アースなサウンドに深い理解と経験値があり、また長年活動を共にしてきたからこそ生まれる呼吸と極上のグルーヴがある。その心地よい安定感に加え、佐野元春の名曲とヴォーカルをふくよかに聴かせることができるのがこのメンバーなのだ。「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」の後半のグルーヴフルな演奏など大人のロックかくありきといった感がある。

 ルーツ・ミュージックに根ざしたリアレンジで浮き彫りになったのは、佐野元春のシンガー・ソングライターとしての普遍的な魅力だ。デビュー当初からR&RとSSWの両面を併せ持ち、その両輪を駆って走り続けてきた人だが、このアルバムでは彼が何を歌って来たのか、また、今、何をどう歌いたいのかがより鮮明に聞こえてくる。1980年から90年代にかけて書かれた本作の11曲を今、彼が歌う意味、問いかけるものは決して少なくない。「僕にできることは」「メッセージ」「最新マシンを手にした子供達」などが切実に響く2018年にいるのだということも含めて。

「ライブでアレンジを変えるとオーディエンスは戸惑ってしまうみたいなんだ」。かつて佐野元春は語ったことがある。1980年代のことだ。それ以降も果敢に幅広い音楽にアプローチし、様々なトライアルを重ね、近年はTHE HOBO KING BAND、THE COYOTE BAND、スポークンワーズ・ライブなど異なるパフォーマンスを同時並行に行うスタイルが定着してきた。そのバランスが良い案配なのだろう。今の佐野元春はかつてないほど自然体に見える。年齢と経験を重ね、今なおロマンティックな情熱を秘めた音楽家の姿が『自由の岸辺』からは浮かび上がってくる。