ハートランドからの手紙#219

「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」限定編集版に寄せて

 不遜と言われようがかまわない。荒れた日の波打ち際で声を涸らすことはない。引用をくり返しても意味は見えない。何かましなことを語ったつもりでもすぐに言い足りなく感じるだろう。実は毒気が強かったりする。しかし公明正大に見せかけることにも長けていたりする。その微妙なひねり具合が「粋」なのだと知っている。「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」というのは、つまりそんな自分の日常だ。

 大切な日記と再会した。そこには昔の仲間たちの横顔が並んでいた。この作品の表紙のようにすべてが蒼い水彩だった。それは鋭気に満ちていた。僕は丁寧にそれを拾いあげ、ばらばらだった断片を集めて元の形に戻した。これを君に返そうと思う。そもそもこれは君のものだったのだ。

 燃えた車輪の轍をたどるように、過去が君の腕の中で溶けてゆく。オマエはそのとき何をしていたのだと問われても、ただがんばったのだとしか言えない。もし自分の記憶が正しければ、あのとき僕はひたすらソウルメイトを探していただけだ。

 このレコードを手にしてくれたみなさんに感謝を込めて。

佐野元春
2008年4月