2013年3月13日発売

佐野元春15作目の新作『ZOOEY』言葉のうちに命が宿っている。

コーナータイトル

佐野元春 バイオグラフィー Motoharu Sano Biography

 

 この国には、カッコイイ大人がいない。若者たちにとってあんなおとなになりたいと思えるようなおとなはどこにいるのだろう?良きロールモデルがないから世代間の交通が希薄だ。若造とかオヤジと言いあって互いに鼻であしらうだけ。

 

 佐野元春は1956年生まれ。佐野元春は十分にオトナである。まわりを見渡せば、彼の子供といっていい世代のロックミュージシャンたちがメインストリームで活躍している。

 

 最近、ツイッターで「佐野元春はカッコイイ」という発言をよく見かける。「あんなオトナはまわりにいない」という。若い世代からのつぶやきだ。おそらく、NHK教育テレビで放送していた「佐野元春のザ・ソングライターズ」を見たか。YouTubeで映像をみたか、ロックフェスでライブをみたか。今、佐野元春をリアルタイムで知らない世代が、先入観をすっ飛ばして佐野元春を見て、聞いて、感じている。そして言う。「佐野元春はカッコイイ大人だ」と。

 

 これまで佐野元春がやってきたことをみれば、その尊敬の念は単にパブリックイメージからくるだけのものではないことがわかる。

 

 この男は、クレイジーでヴァイタリティーに溢れ、その尋常でないパワーとエネルギーで、時代の先駆者として日本のポップ・ミュージック・シーンに数々の巨大な足跡を残してきた。

 

 80年のデビューから1〜2年で、ロックンロールのビートに合った日本語による歌詞と歌唱法の全く新しいスタイルを創造し、ボブ・ディラン譲りともいえる優れた詩人としてのメッセージを内包した歌詞の鋭さ、またサウンド的にもそれまでになかったビートを利かせた激しいリズムと洗練されたアレンジ、そしてさまざまなジャンルの音楽を折衷させた斬新なポップ・ソングの数々によって、〈元春以降〉と呼ばれるほどの革命を打ち立てた。

 

 さらに83〜84年のNYにてヒップホップ・シーンを生で体感し、いち早くヒップホップ/ラップを採り入れた作品を発表したり、リミックスした12インチのアナログを日本のみならず、自身で海外レーベルにプレゼンして世界リリースしたり、MTVのスタート間もなく本格的なプロモ・クリップを制作したりもしている。

 

 まだまだある。80年代に限っても、みずから選曲・構成したラジオ・プログラムのDJとして、トークはそこそこに時代やメジャー/マイナーを問わず自分のアンテナに引っかかった音楽をガンガン紹介したり、編集者として「THIS」という雑誌を発行したり、みずから作ったトラックをバックにポエトリー・リーディングしたカセット・ブックという新たなフォーマットを開発したり……。

 

 また、90年代に入るとインターネットに誰よりも早く注目してネット・ライヴを実現させるなど次々と実験的試みを行い、現在でもミュージシャンのサイトとしては1、2を争う充実したコンテンツを持っている。つまり、その好奇心の旺盛さと並はずれた行動力によって、いつも時代よりも一歩先を行っていた。

 

 と同時に、自分をインスパイアしてくれるミュージシャンや映画・文学といったアートなどに敬意を表して、そのスピリットを継承し、他者へ伝える、といった伝道師としても大きな影響を与えてきた。ガース・ハドソン、ジョン・サイモン、ジョン・センバスチャン、オノ・ヨーコ、ブリンズリー・シュワルツ、ジョージ・フェイムら海外ミュージシャンとのコラボレーションもその一端といっていい。

 

 00年代に入ると、コピープロテクト問題を巡ってそれまで在籍していたレーベルを見限って自らのレーベル「DaisyMusic」を設立。メジャーアーティストのなかでもいち早くiTunesからのダウンロード販売に踏みきった。

 

 まだまだある。母校立教大学からの要請を受けて「言葉と音楽」をテーマに講座を持った。現役ロッカーによるクールな大学教授なんてきいたことがない。それをきっかけに、自ら企画・構成するテレビ番組「佐野元春のザ・ソングライターズ」(NHK教育テレビ)に出演。国内有数のソングライターとの対話を通じて、ソングライングの可能性について探求した。

 

 古い世代へのリスペクトも忘れない。往年の大スター、雪村いづみとのデュエットをプロデュースして自らのレーベルからリリース、雪村いづみ再評価のきっかけをつくった。

 

 佐野元春は年令を経てもなお進化と深化を遂げている希有なロックアーティストだ。その瑞々しいクリエイティビティはいくつになっても衰えることがない。時代の変遷に沿って自らを変化させ、混沌としたこの時代と日常をサヴァイヴするためのメッセージを放ちつづけ、力強く、優しさに満ちたロックンロール・アルバムを作りつづけている。錆び付くことのない、時代を斬る鋭い言葉たち、そして希望を与える言葉たちと、彼独自のポップ・サウンドの数々にファンならずともロックされ、ロールされる。

 

 かつて「つまらないオトナにはなりたくない」(81年『ガラスのジェネレーション』)と佐野元春は唄った。彼は時間をかけてそれを自ら体現してきた。長い間、厳しい人気商売の世界で生きてきて、きれいごとでは済まされないことをたくさん経験しているのに、理想を語ることを恐れない。

 

 この国には佐野元春というカッコイイ大人がいる。