ハートランドからの手紙#116
掲載時:2000年1月
掲載場所:CD「20周年アニバーサリー・エディション」プレゼント用ブックレット
掲載タイトル:「20周年アニバーサリー・エディション - 20年間の音源をまとめるにあたって」

「20周年アニバーサリー・エディション」。
 この記念盤の制作に向かったのは、1999年10月。「Stones and Eggs」ツアーが終わってまだ興奮冷めやらぬうちにスタジオに入った。20年間の音源をまとめるにあたってやらなければいけないことが山ほどあった。まずは曲のセレクションだ。さまざまな角度から検討したが、結局すったもんだしたあげく、32曲に絞りこんだ。

 僕が接してきた20年間のレコーディングの歴史をふりかえれば、そこには時代ごとの技術があった。デビューした1980年。時代はまだ「デジタル」を知らなかった。24チャンネル・アナログ録音。「バック・トゥ・ザ・ストリート」(1980)、「ハートビート」(1981)、「サムデイ」(1983)は、今振りかえれば、何と手工業的な作業でレコーディングしていたことか。

 1983年、ニューヨークに渡り、そこにあったヒップ・ホップ・カルチャーとの衝撃的な出会いから夢に浮かされたように紡いだ「ビジターズ」(1984)。米国のレコーディング・スタジオ現場を体験したことは後に自分の作品をプロデュースするにあたっておおいに役立った。

 以降、レコーディング技術の恩恵を被りながら紆余曲折、音を紡いできた。実はこの20周年アニバーサリー・エディションを制作するにあたって、そこを編集の基準として考えた。つまり、このアルバムに収録したトラックは、まがりなりにも僕自身が編曲・プロデュース・監修したトラックに限定した。ある一曲を除いて。それは「アンジェリーナ」だ。この曲の編曲は、今は亡き大村雅朗氏の手によるものだ。「ガラスのジェネレーション」。最後まで収録するかどうか迷ったのはこの曲だ。初期の代表曲には違いないのだが、先の理由で見送った。いつか近いうちに、新たな装いによる「ガラスのジェネレーション」が発表できたら、と思っている。

 このアルバムに収録した80年代の音源のほとんどを、サウンド・ミックスし直した。僕が接してきた20年間のレコーディングの歴史をふりかえれば、そこには時代ごとのサウンドの流行があった。「20周年アニバーサリー・エディション」という独立した作品として曲を並べたとき、個々の曲たちが、互いにあまり居心地良くなく座っているような気がした。再ミックスは、それをできるだけ解消しようというのが目的だった。再ミックスにあたっては、レコーディング・エンジニアの渡辺省二郎さんが、最大の力を発揮してくれた。本アルバムは彼の技術なくしてはあり得なかっただろう。

 再ミックスの作業は楽しかった。80年代初期に録音したそのマスター・テープを、現代の発達したデジタル・レコーディングのシステムで再生したとき、僕は、軽い脳震盪を起こした。「サムデイ」。この曲のオリジナル・マスター音源を聞いたのはじつに18年ぶりだった。そのマスター・テープは埃をかぶって開封を待っていたどこかの王国の秘宝のようなたたずまいをしていた。封印を解いて、いちトラックごとのクレジットを見ていると、あのとき自分がどこに立っていて、何を感じていたか、あの時代の空気をともなって僕の中に明瞭によみがえる感覚があった。その感覚を今も憶えていることがうれしかった。再ミックスしたものを聞いて、曲の終盤、僕は一瞬耳を疑った。覚えのないシャウトが聞こえてきたのだ。長めにフェイド・アウトしたため、オリジナルのミックスでは聞こえなかった自分のシャウトがそこにあった。僕は迷った。オリジナルどおりのフェイド・アウト・タイムを採用すべきか、否か。結局僕はそのシャウトを残すことにした。

 なぜ残すことに決めたか。実は正確には答えられない。ただひとつ言えるのは、当時の自分が、あのシャウトに込めた想いというものがきっとあったに違いないのだ。それを否定する理由はどこにもなかった。

 過去のマスター・テープを聞くことは、つまり20年間に渡るレコーディング・アーティストとしての自分の仕事を振りかえることでもあった。クイック・ツアーではあったけれど、僕は充分にこの仕事を楽しんだ。この後、30周年を迎えたときも、僕はきっと今と同じことを思うんだろう。人から見れば無為と見える時間も、本人にとってはかけがえのないものとして存在する。これまで数人の仲間達とふざけあいながら過ごしてきたレコーディング・スタジオでの記録がここにある。それ以上のものでも、それ以下のものでもない。

 このアルバムを受けとってくれたみなさんに最大の感謝を。ありがとう。

佐野元春


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