佐藤由美子
大げさかもしれないけれど、私達20代後半の世代にとって、佐野元春というアーティストはカリスマである、と私は思う。それは例えるなら、もっと上の世代の人々がジョン・レノンを思う気持と同じようなものだ。私の時間は、雲の上から届く彼のアルバムと共に刻まれ続けてきた。過去を振り返れば、その当時聴いていた彼のアルバムがそれぞれ思い浮かぶほどだ。彼の歌はメッセージであり、彼はビートの似合う風変わりな天使のようだった。私は盲目的に彼の歌を聴いた。
でも今は違う。佐野元春は偉大なアーティストであると同時に、自分と同じ地面の上に立っている生身の人間だと思える。「生きているといろいろなことがある。楽しいことも悲しいことも、うれしいことも苦しいことも、その一つ一つをありのままに受けとめて、僕は今こんな風に思っているんだ。君はどうだい?」『フルーツ』を聴いた時、そんな彼の声が聞こえた気がした。
あぁそうだったのか。彼は決して雲の上から私達を見下ろすように歌っていたのではなく、いつだって目を凝らせば見えるところにいたに違いない。いや、もしかしたらこの天使はいたずら好きだから、上手に羽を折りたたんで地上に下りたっているのかもしれない。それとも私が少しは彼に近付いているのだろうか。電話をかけて「一言では言えないけど、一生飽きずに聴き続ける自信があるよ」と言えそうな気がするくらいに。
『フルーツ』には全てがつまっている。忙しい毎日も叶わなかった夢も誰かを思う気持ちも社会の不条理もこれから作っていける未来も全て。久しぶりに会った友達みたいに照れくさそうに笑って、私はこのアルバムを聴いている。そしてこれから佐野元春のサウンドを聴く人達に、この風変わりな天使を紹介するのだ。「私にとって大事な大事なアルバムなんだ。あなたにとってもそうだといいな。」
素敵なアルバムをどうもありがとう。
佐藤由美子