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■「過去」と「現在」と「未来」への検討
■Text: 山本智志
『THE BARN』から16ヵ月。佐野元春の新しいアルバム『Stones and Eggs』は、心地よい驚きだ。彼はいまごろ「してやったり」とほくそ笑んでいることだろう。

 ザ・ハートランド解散後、佐野はソロ・アルバム的な性格の強い『Fruits』を作り、自分の豊かなポップ感覚や音楽的多様性をあらためて示した。その『Fruits』のレコーディング・セッションをきっかけに、彼は再びバンドという形態にこだわり、ザ・ホーボー・キング・バンドを結成した。そして、彼らとともにニューヨーク州北部の田舎町ウッドストックに向かい、第一級のロック・アルバム『THE BARN』を作りあげた。

 ある意味で『Stones and Eggs』は、『THE BARN』の対極にある作品だ。バンド・サウンドを追及した『THE BARN』に対して、テクノロジーを駆使したワンマン・レコーディングによる『Stones and Eggs』。佐野元春は、ニール・ヤングほどではないにしても、この新作でかなり乱暴に方向転換している。

 しかし、ヤングがそうであるように、何をやろうが佐野元春だ、と聴き手に思わせてしまうところが彼の彼たる所以だ。以前、佐野は「ロックンロールの伝統に対して継承者と革新者の両面がぼくにはあり、それはいつもぼくの内部でせめぎあっている」と語ったことがある。『Stones and Eggs』にうかがえるのはまさにそんな佐野元春の姿だ。

 それにしても、このアルバムがカバーする音楽領域の広さはどうだろう。「メッセージ」と「石と卵」、あるいは「GO 4」と「シーズンズ」のあいだには、どれほどの距離が横たわっているのだろう。これらがすべてひとりのアーティストから生まれたというのは、あらためて考えてみるとすごいことだ。

 熱いアジテーションにあふれた重厚なラップ「GO 4」、やるせなさの残るジョン・レノン風のラヴ・バラッド「君を失いそうさ」、80年代初期に佐野が沢田研二に楽曲を提供していたころのことを思い出させる快活なポップ・ロック「メッセージ」。そして、印象的なメロディーと複雑なコード・チェンジによる美しいスロー・バラッド「石と卵」――。

「エンジェル・フライ」と「シーズンズ」ではザ・ホーボー・キング・バンドとのリラックスしたセッションが楽しめるし、「GO 4」には、15年前にニューヨークでアルバム『Visitors』を作り、自覚的な最初の“日本語のラップ”を試みた佐野の自負が感じられる。そして、ドラゴン・アッシュの降谷建志とのコラボレーションによる「 GO 4 Impact」でアルバムを締めくくることによって、佐野はヒップホップに象徴されるいまの時代を際立たせてもいる。

 石と卵――この対照的なイメージは、そのままこのアルバムに収められた音楽の幅広さを示唆する。このふたつは実はそれほど違いがないのではないか、と佐野が考えていることは言うまでもないだろう。

 この20年、彼は一貫して、わが道を行く、というタイプの人だった。『Stones and Eggs』も、苦悩をうたった歌が多いにもかかわらず、昔からのそうした自分を肯定しようという気持ちに貫かれている。彼の歌の中には絶望に近い暗たんとした気持ちがあるが、それと同等の強さが率直さがあるのだ。昔を今日的に理解し、同時に過去を今との関連のなかでとらえる、といった彼の創作態度はデビュー当時からのものだが、彼はこの新作で「佐野元春」の過去と現在と未来に検討を加え、そのうえで自分と歌の主人公や現代社会に重ね合わせたのかもしれない。

『Stones and Eggs』は今日的な作品だが、そこにはすでにロックやポップの毅然としたスタンダード(基準)となるものが横たわっている。考えてみれば、佐野元春という人の時代の先を行く作品はどれもそうだったのである。