「さがしていた自由はもうないのさ 本当の真実ももうないのさ」
アルバムのタイトル・チューン「ザ・サークル」はこう始まる。この曲を聞いてショックを受けなかった佐野元春ファンはいなかった、と言っていいのではないだろうか。なぜなら“自由”も“真実”も佐野元春が一貫して求め続けてきたリスナーとの“約束”だったからだ。
大人になることの痛み、苦しみ、葛藤。そうしたものに向かい合う中で佐野は、古い約束が次第にドグマ化し、スローガンが自動化・自己目的化するパラドックスを感じ始めていたに違いない。アルバム『TIME OUT!』で「ぼくは大人になった」とことさらに宣言して見せたのもそんな危機感からだったのだろう。そして佐野元春はついに“自由”や“真実”というスローガンを激しく否定する決心をしたのだ。
だがそれは決して“自由”や“真実”といった概念そのものを否定するものではなかった。その真意を探る鍵は『ザ・サークル』というアルバム・タイトルにある。サークルとは“輪”のこと。ここで佐野は、年齢を重ねることによって失われたように見えた“無垢”が、人生の重要な局面でまさに“輪”を描いて再び立ち現れることをイメージしている。
「無垢の円環──The Circle of Innocence」。僕たちはもはやそれを遠くに探しに行く必要はない、なぜならそれはいつもそこにあって僕たちに気づかれるのを待っているだけなのだから。“無垢”も、そして“自由”も“真実”も。 シリアスでヘヴィーな現実認識を基礎にしながら、このアルバムでの佐野元春の視線はいつにも増して透徹している。それは“成長”というテーマに真摯に対峙し、手の中にあるものをもう一度厳しく取捨選択した結果に他ならない。
『ザ・サークル』は、激しい否定の言葉とは裏腹に、祈りにも似た“本当の真実”を希求する佐野元春のゴスペル・アルバムだ。
●参考資料
宣伝用パンフレットに掲載されたコメント「ハートランドからの手紙#62」
自筆アルバム・ライナーノート「ハートランドからの手紙#63」