芳醇な艶を放つ「Maniju」
吉原聖洋

 “Maniju”は“Man Needs You”でもあるのかもしれない。そう思った。

 特に根拠があるわけではない。だけど、理由があるとしたら、「白夜飛行」と「夜間飛行」に共通している「大事な君と」という一節が特に印象的に響いたからだろう。

 それから、ニール・ヤングの「A Man Needs A Maid」も連想したけれど、これについては長く複雑な説明が必要だから、また別の機会に。ちなみに(余談だが)ヤングのこの名曲は断じて男尊女卑の歌ではない。

 さて、この“Man Needs You”を翻訳するとしたら、どんな日本語に置き換えたらいいのだろう? 直訳したら「男には君が必要だ」になるはずだが、それではあまりにも硬すぎる。より直接的に「おれはお前が欲しい」なんてマッチョに訳してみるのも悪くはないし、よりシンプルに「君を愛してる」と訳してみるのも素敵だけれど、ここはやはり「大事な君」と大胆に意訳してみたい。

 なんて書いていたら、『マニジュ』がラヴ・ソングばかりを集めたアルバムだと勘違いされるかもしれないが、決してそういうわけではない。フランスの詩人ポール・ヴァレリーの名言「恋愛とは二人で愚かになることだ」を思い出させる強力なフックを持つ先行シングル「純恋(すみれ)」は、たしかに飛びきり熱烈なラヴ・ソングだけれど、似たようなタイプのラヴ・ソングは他にはない。それどころか、収録されている全12曲は皆、それぞれに異なる個性を持ったユニークな楽曲ばかりだ。

 すでに前作『Blood Moon』で独自のバンド・サウンドを作り上げていた佐野元春とコヨーテ・バンドだが、この新作での彼らはもはや唯一無二のオリジナリティを確立している。熱心な聴き手ならイントロを耳にしただけでコヨーテ・バンドのサウンドだと気づくであろう強靭な独創性がここにはある。そして、それと同時に彼らは驚異的な多様性をも獲得している。

 普通のバンドなら「円熟の域」なんて評されてもおかしくないレベルの独創性と多様性の両立。しかもそのレベルの果てが見えないところが恐ろしい。つまり、バンドとしての可能性の限界が見えない、ということだ。まるで結成したばかりのバンドのように、そのサウンドは瑞々しい輝きを放っている。

 秘密の鍵は佐野元春が握っている。個々のメンバーのミュージシャンとしての能力の高さは言うまでもないが、映画でいえば原作・脚本・監督・主演を兼ねている佐野元春の存在を抜きにしては語れない。とりわけ『マニジュ』での佐野は新たに生まれ変わったかのように若々しい。その意味では、あの『VISITORS』をも彷彿とさせる、と言ってもいい。

 しかし、それにしても、この『マニジュ』の艶っぽさはいったい何だろう? 歌詞やメロディも含めて、このアルバムのサウンド・プロダクションの艶っぽさは只事ではない。

 アルバム『サークル』の頃に佐野が言っていた「無垢の円環」による何度目かの「思春期」のせいだろうか? 先行シングルでもあった「純恋(すみれ)」は、まさに「思春期」の賜物のようなラヴ・ソングだが、アルバム全体を覆っている艶っぽさもその「思春期」の産物なのか?

 その答えは、もう少し時間をかけて考えてみよう。いまはまだアルバム『マニジュ』の芳醇な艶っぽさをまるごと楽しみたい。筆者がいま特に気に入っているのは「禅ビート」と「マニジュ」。この2曲は時空を超えて、わたしを遠くまで連れていってくれる。