2003年6月、THE MILK JAM TOURの合間を縫って北海道の牧場を訪れた元春。
十勝しんむら牧場とMWSのコラボレートによるミルクジャム誕生を記念した、
牧場主・新村浩隆氏との対談は、見渡す限りの緑の牧草地の中に特別にセットされたテーブルを囲んで、和やかな雰囲気の中で行われた。
しんむら牧場自慢の手作りの品々を楽しみながら、話は大いにはずんだ。

デザイン&写真:小山雅嗣
ビデオ編集:宮田正秀
テキスト編集:森本真也
編集協力:M's Factory、大山貴
取材:2003年6月 しんむら牧場

北海道 Photo Album 01佐野●とにかく素人の僕からすると、これだけ広大な土地を日々どのようにコントロールしてるのかというのが一番興味ありますよね。それもかなり少ない人数でやられてるわけでしょう?
新村土壌分析をきちんとやって、その畑ごとに必要なもののバランスを取るということですね。今までは、たくさん作物の収量を取るというやり方でやっていたんです。そうじゃなくて、そこに生える草とか土壌中の微生物とかも含めた生活しやすいバランスを取ることによって、普通は農薬を相当撒かないと死なないような雑草も生えなくなったり、生えても手で簡単に抜けるという風に変わってきました。
佐野●米などの作物では、化学肥料を使わず堆肥で育てた米から酒を造るというような、昔からのやり方を今のやり方に活用している新しい世代の人たちもいますね。酪農でもそれと同じようなことがありますよね。
新村ええ、そう思います。たとえば、ウチのこの(牛の)飼い方というのは北海道内でもほとんど無いんですよ。20〜30年前はこれが本来当たり前の飼い方だったんです。それが、だんだん生産性を求めて牛を牛舎に閉じ込めて人間がすべてやるようになり、今度はそこに労働力の面や金銭的な部分など、いろんな歪みが出てきて、それでまた、牛を本来の姿に戻して自然に近くしてやろうという動きが、今だんだんと増えてきていますね。

佐野●今、しんむら牧場にはどのくらいの牛がいるんですか?
新村だいたい、仔牛も入れて140頭。牛乳を搾っている牛は75頭。
佐野●これは道内でも規模は大きいですよね?
新村道内でいくと大きいかもしれないですけど、この十勝では普通くらい、一般的なものですね。
佐野●そもそも十勝の自然というものは、天候とか水もですけど、どういうものなんですか?
新村十勝は、冬は雪は比較的少ないですが寒さが厳しいです。夏場は、内陸なので暑い時は32〜33度くらいまで上がりますね。僕はここの4代目なんですけど、もともと農業をやりたくなかったんですよ(笑)。小学校の時から搾乳をさせられたりトラクターにも乗って、一年中休み無く土日の方が仕事が多かったり。それで大学も札幌に行って、農業をやる気が無かったんです。丁度その頃バブルが弾けて、食べ物の安全性とかも大分疑われはじめて、卵を食べたり牛乳を飲んでアトピーになる子どもが増えてきたりとか。そういう中で、どうせやるなら一生やれる仕事を、人間が欠かせない食べるものを産業として仕事をやりたいなと思って、それで戻ってきたんですよね。
佐野●僕らの世代にとって環境というところに気遣いが出てきているんですけど、やっぱり牛の育て方や土の保全の仕方、肥料というものも、昔と考え方が違ってきてるんですか?
新村今もまだ現状はそうなんですけど、一昔前はこういう牧草地用の肥料というのは北海道全部が同じように配合されたものだったんです。もちろん十勝でもこの上士幌町と隣の町は(土壌が)違いますし、まして札幌の方とか全然ちがいますよね。それを全部一緒にしてしまうことが間違いというか、どこかで歪みが来てしまいますよね。
佐野●今、美味しくいただいている蕎麦茶も地元のものということですが。
新村ええ、ウチでは蕎麦は作ってないんですけど、同じ上士幌町内で作っているんですよ。そしてこの水も、120mくらいの井戸を去年掘って、塩素も何も入らない水でこういうものを作ったり、牛もそういうものを飲んでます。水もとても重要だと思うんですね。そこに防風林がありますが、国の事業で半分だけ切って新しくまた植林したんです。それまでこの畑に水はそんなに来なかったんですけど、木を切った途端に水がすごく溢れるようになって、やっぱりすごく木の力ってあるんだなと、実感しました。

佐野●さて、僕と「ミルクジャム」の話ですが、以前友人から送ってもらって「あ、美味しいな」と思ってた。それで、いろいろ考えるところがあって、今回ツアーのタイトルを 'THE MILK JAM TOUR' としたんです。そしたら僕のファンが「日本でもミルクジャムを生産しているところがあるんだよ」と教えてくれて、新村さんのところを知ったんです。それで、もしかしたら一緒にミルクジャムを作るようなことが出来るかもしれないなっていうことで、連絡を取ったという経緯なんですけどね。
新村ホントに最初に電話が来た時はびっくりしました(笑)。
佐野●このミルクジャムを製造しようと思ったのは、何かきっかけが?
新村今の酪農というのは、どれだけこういう環境で良いものを作っても、いろんな農家の牛乳が一緒になってしまうんです。それを大手のメーカーが牛乳とかバターにしてるんですけど。やっぱり、良いものを作ってそれをきちんとお客様の手元まで届けたいと思って、いろんな勉強会に出ていたんですよね。そこで「ミルクジャム」というのがヨーロッパの方ではポピュラーなんだよと、ある方に教えていただいて。それで、原材料も何も分からない状態でとにかく牛乳と砂糖で作ってみようと、自分で鍋で作ってみたんですね。そういったいきさつでミルクジャムを作りはじめたんです。


佐野●実際に、味が決まるまでいろいろと試行錯誤があったんでしょう?
新村そうですね。砂糖も今は地元のビート(てんさい)糖を使ってるんです。当初は化学的な砂糖とかも使ってみたんですけど、やっぱり地元のものが一番合うんです。あと甘さとか、いろんな部分で一年半くらい掛かってここまで作り上げました。今ミルクジャムは一番シンプルなプレーンタイプ、こちらがリキュール、これも地元のワイン工場で作られたスモモの種のリキュールです。それとバニラの3タイプを作っています。
佐野●あとはクロテッドクリーム、これはジャムじゃないですね?
新村これはどちらかというとバターに近いですね。あとは、これを食べるためにスコーンを作りまして。
佐野●スコーンもこちらで作ってるの?
新村ええ、北海道の小麦と、卵も地元の仲間のオークリーフ・ファームさんの卵を使いまして。あそこも抗生物質など余分なものを一切与えずに平飼いで鶏を飼ってるんです。その卵じゃないとこの美味しさは出せないですね。
佐野●ちょっと食べてみても良いですか?
新村はい、用意します。スコーンにクロテッドクリームをたっぷりと塗ると美味しいですよ。それにリキュールタイプのミルクジャムが一番合うと思います。どうですか?
佐野●(食べて)おいしいですね、すばらしい! やっぱり、同じ気候風土で育った材料で作るというところに意味があるんですね。
新村そうですね、食べていてしつこくないと思うんです。新鮮な材料だけで、余分な化学的なものを使わないで作ると、こういう味になると思うんですよね。
佐野●このクロテッドクリームというのも、やっぱりヨーロッパとか……。
新村そうです、イギリスのデボンシャー州の特産らしいんですね。約2〜2.5リットルの牛乳でこれ1瓶しかできないんですけど、日本ではまだ牛乳100%で作っているのはウチの牧場しかないですね。ちなみにこのミルクジャム、一瓶に牛乳が500ccほど入ってるんです。まず、この牛乳が美味しくないと、ジャムにしてもクロテッドクリームにしても美味しく出来ないですね。
佐野●率直に言って、海外で作られたミルクジャムよりも僕はこちらの方が美味しいんですよね。海外で作られたものだと、中に粘着性のガムシロップみたいなものが含まれているのが分かってしまうんですけど、こちらは自然ですよね。
新村賞味期限が短いとお客様にも言われるんですけど、余分なものを入れて長くするとこの味は絶対に出せないんですよ。増粘多糖類を入れたり寒天で固めているメーカーもあるんですが、僕たちがやらなきゃいけないのは「何も入れない」ことだと思っているんです。