01:吉野金次 前編

吉野金次1948年、東京に生まれる。日本におけるプロデューサー型レコーディング・エンジニアの草分け。クラシックからポップまで、ジャンルを超えた幅広い活動で知られている。ポップ/ロック系のアーティストは、はっぴいえんど、吉田美奈子、矢野顕子、沢田研二、矢沢永吉、中島みゆき、佐野元春らを手掛け数多くの名盤の誕生に関わり、その後の音楽界に与えた影響は計り知れない。現在もエンジニア/プロデューサーとして第一線で活躍している。

彼の狂気を音楽の中に埋もれさせてはいけない、というようなことを考えました。



::::::::佐野元春との初めての出会いは?

吉野 沢田研二さんのアルバム『G.S.I LOVE YOU』のレコーディングのときです。1980年のことですね。当時、最もコンテンポラリーなアーティストとジュリーをドッキングしよう、という企画があって、3人くらいの候補の中に佐野さんが入っていて、ジュリーのために3〜4曲を書いてもらったんです。「アイム・イン・ブルー」と「ヴァニティ・ファクトリー」、それから「彼女はデリケート」だったかな。そのレコーディングの後、1981年1月に佐野さんから「自分のアルバムをやってもらえないか」とプロポーズされたんですよ。

::::::::そのときのことを覚えていますか?

吉野 たしかルイードのライヴの翌日でした。僕の新宿のスタジオまで会いに来てくれたんだけど、佐野さんは前日のライヴでジャンプしたときに足を挫いたようで、片足を引きずっていた記憶があります。その一週間後くらいに僕は初めてルイードに彼のライヴを観に行ったんですよ。

::::::::当時、レコーディングの前に具体的な構想についての話し合いはあったのですか?

吉野 最初は特になかったですね。レコーディングしていくうちに具体的なアイディアが徐々に固まっていく、という感じでした。当時の佐野さんのレコーディングに関しては、とても自由にやらせてもらったことが印象に残っています。

::::::::最初のレコーディングはシングル「サムデイ」でしたか?

吉野 何が最初だったのかは覚えていませんが、「サムデイ」についてはミックスをやり直したことを覚えています。最初はスティーリー・ダンの初期のヒット曲「ドゥ・イット・アゲイン」のようなイメージで仕上げたのですが、それを聴いていたら「なんか違うなあ」と思って、翌日、佐野さんが来る前にフィル・スペクター風にミックスし直したんです。最初のスティーリー・ダン風のミックスも持っていたはずなんだけど、いまはちょっと見失ってますね。

::::::::あの街のノイズを入れたのは佐野さんのアイディアですか?

吉野 そうです。佐野さんが街の音を録って来て、彼が自分で編集したものをTD(トラックダウン)の後に乗っけたんです。だから、あのノイズが入っていないミックスも残っているはずなんですが、これも何故か見つからない。

::::::::シングル「サムデイ」のレコーディング中のことを覚えていますか?

吉野 残念ながら録っているときのことはまったく覚えていませんね。僕の場合、あとで「あれは良かった」と言われる曲については特に覚えていないことが多いんですよ。何かに触発されて、エアポケット状態とかブラックホール状態とかになっていて、その間のことはよく覚えていないんです。

::::::::「何かが降りてくる」というような感覚ですか?

吉野 うん。あるいは「お迎えが来る」という感覚かな(笑)。アルバム『SOMEDAY』のレコーディングでは、楽曲や歌詞が引き金になって、グッと来る瞬間が何度もあって、その瞬間から一種のトランス状態になって、潜在意識で表現するような状態になるんです。僕にとってはいちばん良い状態なのですが、その間のことはよく覚えていないので、あとで「どうやったのか?」と誰かに訊かれても、自分でも思い出せないような楽曲が多いですね。

::::::::「ロックンロール・ナイト」のレコーディングについては如何ですか?ビルの中のエコーを使った、という有名なエピソードがありますが。

吉野 ええ。「ロックンロール・ナイト」については何度か喋っているので覚えています。当時のテイクワン・スタジオはビルの4階にあったのですが、3階にスピーカーを置いて、5階にマイクを2本置いて、2フロア分の非常階段のエコーを録りました。当時はまだエフェクターも少なかったから、自分でいろいろ工夫して録らなきゃならなかったんです。これもそんなアイディアのひとつですね。もう1曲、このエコーを使った曲があったんじゃないかと思うけど、いまはちょっと思い出せません。

::::::::レコーディング中の佐野元春の印象は?

吉野 クレイジー(笑)。なにしろ壁に向かってシャウトしてましたから。リズム録りのときでも、TDのときでも、興に乗ると壁に向かって思いっきりシャウトしていました。ステージのことが頭にあるのか、トランス状態になっているのか、振りまで入れながらシャウトしてましたね。クレイジーでしたよ。狂気は彼の大きな魅力のひとつだと僕は思っています。だから、彼の狂気を音楽の中に埋もれさせてはいけない、というようなことは考えました。言い換えれば、常識やルーティンに囚われず、バランスや完成度にもこだわらず、佐野元春の魅力をストレートに伝えたい、ということですね。そういう意味では『SOMEDAY』には僕のプロデューサー的な感覚も30%くらいは入れさせてもらったかもしれません。



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