ハートランドからの手紙#95
掲載時:96年5月
掲載場所:「Sunto Graphics」(出版:Module)に寄せて

言葉は縦糸、字体は横糸

欧米のようにタイプ文化を持たない私達は、ことデザインにおける和文の取り扱いに多少の不自由さを感じている。もっと豊かなバリエーションを持って、紙面を飾れないものだろうか、と時折思う。音楽アルバム・アートワークの制作の現場にあって、常に満足できない点はそこにある。アルバム・タイトル表記や歌詞の掲載にあたって、たいてい明朝系とゴシック系に限られてしまうのは残念だ。デザイナー自らが個的なタイポフェイスをデザインすることもできないわけではないのだが、多くの時間と丹念さが必要だ。音楽アルバム・アートワークの制作においては、与えられる制作時間が短いために、それがやりづらい。しかし、そうした現状はやがて解消されるだろう。デザインの現場におけるデジタル化の普及だ。タイポフェイスに興味のあるデザイナーは、自らデザインした字体をデジタルで保存するだろう。デザイナー個人の字体ライブラリを持つだろう。その再利用にあたっての応用範囲は無限だ。僕個人の興味で言えば、明朝系とゴシック系にしばられない、ユニークな詩集を創造してみたい。言葉を紡ぐ立場から言えば、言葉は縦糸、字体は横糸。織りなされるテクスチャーに、見たこともないような模様を見てみたい。

佐野元春


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