09 | 沢田研二
1980 -1981



 言わずと知れたグループ・サウンズ・ムーヴメントの中心的グループ、ザ・タイガースのヴォーカリスト。愛称はジュリー。特に60年代後期から70年代にかけての彼の人気は凄まじく、日本中の女性が彼のものだったとまで言われていた。

 ザ・タイガース解散後も「時の過ぎゆくままに」「勝手にしやがれ」などのヒット曲を連発し、スクリーンにも登場。スーパー・スターの名を欲しいままにした。

 1981年、沢田のプロデューサーが当時まだデビューしてまもない佐野の才能を高く評価。作品を依頼し、佐野は「ヴァニティ・ファクトリー」「彼女はデリケート」「I'M IN BLUE」「Bye Bye Handy Love」「Why Oh Why」を提供している。考えてみれば、この時、佐野元春という80〜90年代を代表するアーティストと沢田という60〜70年代を背負ったシンガーは何らかの世代交代を図ったのではないだろうか。

 伊藤銀次は沢田のアルバム『GS I LOVE YOU』『ストリッパー』のアレンジを依頼され、後者はレコード大賞のアレンジ賞にノミネートされた。現在の活況を見せる日本のポップ/ロック・シーンはこの瞬間に始まったと言ってもいいだろう。

 アルバム『サムデイ』では「ヴァニティ・ファクトリー」の佐野のバージョンで沢田がコーラス参加。アルバム『GS I LOVE YOU』では「彼女はデリケート」の沢田バージョンで佐野がコーラス参加している。

 また佐野は、タイガース時代のほとんどの曲を手がけていた、すぎやまこういちメロディーに敬意を払って書いた「すべてはこの夜に」を提供。佐野作品とは思えない歌謡曲的なムードに包まれた佳曲だが、その後、吉川晃二がカバーしてヒットした。

(岩本晃市郎)



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