05 | イベント「ビート・チャイルド」
1986 -1988



 今もなお伝説として語り継がれているロック・イベントがある。 1987年8月22日、九州熊本県阿蘇郡久木野村にある県営野外劇場アスペクタで行なわれた12時間のオールナイト野外ライヴ「ビート・チャイルド」がそれである。

 
シェイクス黒水伸一、エコーズ辻仁成をゲストに迎えたビート・チャイルドでのステージ

 

 九州地区を担当するプロモーター、くすミュージックなどの主催によって行なわれたこの“ビートチャイルド”の出演アーティストは、佐野元春 with THE HEARTLAND、ハウンド・ドック、BOOWY、尾崎 豊、渡辺美里、ザ・ストリート・スライダースら全13組。単独でも日本武道館を満員にできるアーティストが顔を揃えるイベントということもあり、県内外から70,000人のオーディエンスが集まった。

 野外イベントは出演するアーティスト、スタッフ、そしてオーディエンスにとって予期せぬ演出に直面することがある。この“ビート・チャイルド”も例外ではなかった。「大雨洪水雷雨注意報」。22日夕方5時30分に幕を開けた時点で激しい雨と風がアスペクタを襲った。

 ライヴが行なわれた12時間の内、約9時間が集中豪雨なみのドシャ降りが断続し、強風や雷も加わった。阿蘇の山腹である傾斜地を利用した会場は、くるぶしまで埋まる泥田と化し、濁流が足元を洗う。ステージ上では音響機材、楽器など次々にトラブルが発生。すべてのスタッフが全力で“音”を出すことに走り回っていた。時間の経過にともない、雷雨に寒さが加わる。プレス用、警備用、アーティスト商品販売用のテントもすべてが救護用に使われた。

 その状況の中、イベントの最後を務めたのが佐野元春 with THE HEARTLANDだった。朝5時、佐野、メンバーそしてゲストの辻 仁成(当時エコーズ)とシェイクスの黒田らがステージに上がると、それまでの雨が嘘のように上がった。気がつくと夜が明けようとしている。

 佐野はズブ濡れのオーディエンスに語りかけ、ギターを刻みはじめた。“ストレンジ・デイズ”。「あの光りの向こうに突き抜けたい……」この言葉の後ろに朝日が顔を覗かせた。演出では計算しきれないほどの奇跡的な偶然。会場の誰もが佐野のビートに合わせて空に拳を突き上げていた。

 翌日、熊本県内の衣料品店、靴屋にはビショ濡れのお金を握り締め、何かを達成した満足感に満ちた、笑みに溢れた多くの若者が立ち寄ったという。

(高野ヒロシ)



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