07 | M's Factoryレーベル
1986 -1988



 1986年4月、佐野元春は自主レーベル“M's Factory”を発足している。

 今となってはことさら「特別」なことではなくなったが、1980年代半ば、メジャーのレコード会社に所属しているアーティストが「個人レーベル」として契約することは日本国内では非常に稀なケースだった。

 ただ純粋に作品だけを作ればいいというアーティストの立場と違い、レーベルの運営はそのすべてに責任を負わなければならない。ビジネスの仕事にも立ち向かい、なおかつ質の良い音楽を供給し続けるには、まだまだ国内の音楽業界のシステムが万全ではなく、リスクをともなうハードな時代であったからだ。

 しかし、レコード制作とライヴのみならず、カセット・ブック『Electric Garden』やマガジン『THIS』の再刊など、従来の音楽活動では表現しきれない創作への意欲が佐野を自主レーベル発足に駆り立てた。"M's Factory" とはつまり、レーベルと考えるよりも、彼の表現を自由に、そしてスピーディーに発表していくための「プロジェクト」と呼ぶほうが正しいかもしれない。

 佐野は当時のインタビューでこう言う。「自分で楽しみながら、ファンの人達が喜んでくれるものを数多くのチャンネルを使って表現したい」。その証拠に、1986年5月に始まったレーベルのリリースは、彼のキャンバスを確実に広げていった。隔月リリースという画期的な三連作シングル(「ストレンジ・デイズ─奇妙な日々」「シーズン・イン・ザ・サン─夏草の誘い」「ワイルド・ハーツ─冒険者たち」)に始まり、カセット・ブック『Electric Garden#2』を発表──。

 以降、現在に至るまで、佐野のリリース物にはすべて、控えめな筆記体でタイプされた「mf」のマークが刻印され続けることとなる。これほど長く、個人でレーベルを維持している例も、国内では稀である。

 なお、1989年8月にはDJを務めていたラジオ番組でプロデュースを手掛けてきた11アーティストの曲をレーベル・コンピレーション『mf<Various Artists>Vol.1』としてリリース。『〜 Vol.1』と銘打たれた以上、いつか必ず『〜 Vol.2』『〜 Vol.3』……の登場を期待したい素晴らしい内容となっている。

(増渕俊之)



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