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「教会の脇、パーキングエリアで待つ」
─ 渋谷公園通りでのフリー・ライブ
1993-1994


 1993年10月17日、日曜日。新聞の朝刊の片隅に奇妙な告知広告が掲載された。

「本日、ストリート・ライブ決行。教会の脇、パーキングエリアで待つ。・・・MOTO」

 この暗号めいた突然の広告に、佐野からのメッセージをかぎとったファンは興奮した。レコード会社に設置された問いあわせ用の電話はパンク状態。ファンは「渋谷、教会の脇」というヒントだけを頼りに街に向かっていた。小雨の降る渋谷。午前中に情報をかぎつけたファンがぞくぞくと集結。正午には、ファンだけでなく一般の人々までが長蛇の列を作った。


Photo: 岩岡吾郎

 西日が差しはじめた午後4時。ハプニングは起こった。特設されたステージに佐野元春はザ・ハートランドとともに楽器を手にして登場。人々の驚きと歓声のなか、いっきにハイ・テンションな演奏を繰りひろげた。約1時間、全12曲を演奏し終えたあと、興奮の余韻を残したまま彼らは去っていった。

 振り返れば、佐野は1985年、「ヤング・ブラッズ」のプロモーション用クリップ撮影を、渋谷公園通りにほど近い代々木公園脇広場で行なっている。このときも、路上でのフリー・ライブだった。時を経て8年後、アルバム『The Circle』の発表を直前にひかえ、佐野は再び街路へ戻った。

 デビュー・アルバムのタイトルが「Back to the Street (街路に戻って)」。初期の佐野の作品に通底するテーマのひとつに「ストリート」がある。歌詞の中で「街」や「街路」といった言葉を多用していたことからもわかるとおり、'80年代前半当時の国内音楽シーンで、この「ストリート」という感覚をソング・ライティングに初めて意識的に持ち込んだのは佐野だった。

 モノクローム、ジャズ、ビート、地下鉄、ノイズ、共同墓地といった都市のエレメント、街に暮らす少年・少女たちの日常。佐野元春の唄は、当時のユースにとって魅力的なファンタジーであるのと同時に、'80年代大量消費文化に翻弄された「ストリートの子供たち」にとっての安全な避難場所でもあった。

 活動20周年を過ぎて、佐野の次なる「街頭フリー・ライブ」がいつ、どこで行なわれるのか、気長に待ってみるのもいいだろう。


(高野ヒロシ)



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