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06 | 『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』限定編集版 | 2007-2009 |
前作『Cafe Bohemia』のリミックスは英国で行われたが、89年の次作『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』は英国でレコーディングされた。88年夏に渡英した佐野は、エルヴィス・コステロとの仕事で知られるコリン・フェアリーを共同プロデューサーに迎え、UKパブ・ロック周辺の俊英たちと数カ月にわたってレコーディングに勤しんだ。89年1月、昭和天皇が崩御して年号が平成に改まるなど、制作時に打ち寄せた変革の波は、佐野の批評的観察眼をより醇化させた。
『Cafe Bohemia』の制作時はまだ泡立ちはじめたばかりだったバブル経済も、『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』制作時のそれはプールから溢れんばかりのフル状態だった。そんな気配は、奇しくもアルバム・ジャケットにも表れている。フロント・カヴァーの抽象的な絵は“泳ぐ人とプールの監視人”という佐野のイメージで描き下ろされた作品だった。そして『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』がリリースされた89年6月の半年後、臨界点を極めたバブル経済は弾ける。
それからおよそ20年後の08年、涸れかかったプールのような経済状況下、『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』限定編集版が発表された。水嵩が乏しくても、ナポレオンフィッシュの泳ぎは豊かだ。アルバムの節々に、時代に溺れない、救命感覚が満ちているからだろう。たとえば「陽気にいこうぜ」の“世界はいつも冷たすぎる/好きなだけ君を打ちのめしている〜俺はくたばりはしない俺はくたばりはしない”など。全曲、意識して詩的日本語で紡がれた歌詞は、言葉そのもの以上に饒舌なイメージの波紋を幾重にも拡げてくれる。
また、渡英前にザ・ハートランドと制作した未発表デモトラックス等を収めたDISC2は、まるで深海に眠っていた宝石箱のよう。さらに89年8月の横浜スタジアム公演から『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』の楽曲を中心に編集されたDVD『Live at Yokohama Stadiam Summer’89』は、佐野とザ・ハートランドの昂じた尋常ならぬ波動ゆえ、時代の終わりと始まりを予感させる、それ以上の作品となっている。
(城山隆)
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