12月に入り、街にはクリスマスイルミネーションが飾られ、1年の最後の月を演出し初めている。そんなよく晴れた2003年12月7日、日曜日の午後。東京・竹芝THE GARDENで、レイディオ・フィッシュの番組1周年を記念したイベント「佐野元春 TALK&LIVE」が開催された。番組にとっても、リスナーにとっても、そして元春にとっても初の公開録音。かねてから元春が番組スタッフに提案していたものが、番組1周年の記念として実現したということで、どのようなイベントになるか始まる前からワクワクしてくる。

正午を少し過ぎたところで、オープンテラス風の開放的な空間に、Tom Petty and The Heartbreakersの「The LastDJ」が鳴り響いた。そして、全国から多数の応募が寄せられ(Thanks!)、10倍以上の倍率の中で幸運を手にされた200名のリスナーが次々と会場に訪れる。約1時間のリスナー入場の間、レイディオ・フィッシュでお馴染みのグッドミュージックが流れ続けた。

  そして、印象的なイントロダクションが会場を包み込んだ。「君の魂 大事な魂」だ。「TALK & LIVE」がスタートを告げるこの濃密なロックナンバーによって、会場のボルテージは否応なく上がっていく。そして曲が静かに鳴り止んだところで、おなじみの軽快なピアノで「Beat goes on」が流れ、イベントがスタートした。いつも番組でエコロジーレポートを伝えてくれる手島里華アナウンサーがこの日の司会だ。挨拶のあと、まずは過去1年間でオンエアされた「レイディオ・フィッシュ名言集」が紹介された。「人はなぜ音楽を聴くのか? それは、まともでいるため」など、名言の数々が軽快に紹介されていく。

いよいよ元春の登場だ。ステージには3本のマイクが設置。そう、今日はイベントのために2人のスペシャルゲストが招かれている。グレイト3の片寄明人氏、そして伊藤銀次氏(以下、敬称略)である。伊藤銀次がつま弾くアコースティックギターの柔らかいレゲエのリズム、そして片寄明人の美しいコーラスを交えながら、いつもより優しく、でも力強く歌い上げられる「Christmas Time In Blue」。何かと入り組んだ世の中をゆっくりと解きほぐしてくれるようだ。

ミニライブが終わると、ステージ上の設営がミニスタジオに組み替えられていく。その間、手島アナから紹介されたのが「レイディオ・フィッシュ トリビア」。低い声で、もったいぶるような言い方で明かされた8つのトリビアは次のとおり。


1. レイディオ・フィッシュは毎週、8曲から9曲をオンエアしているが、
  佐野元春は毎週、20〜30曲もの楽曲を聴き、チョイスしている
2. TOKYO-FMには、元春専用のマイクがある
3. DJ Motoは毎回、音の調整をするために自ら10ヵ所近くの機械的調整を行っている
4. 今年の夏、佐野元春は気温が26度を超えると必ずといっていいほど
  短パンで収録にやってきた
5. レイディオ・フィッシュの収録は、ほぼ生放送と同じスタイルで行われる
6. レイディオ・フィッシュの収録は、立ちっぱなしで行われている
7. レイディオフィッシュのスタッフには、佐野元春から弁当が出る。
 しかもポケットマネー。
8. 佐野元春は、自分の曲を選ぶのが苦手

ここまでやると、会場のリアクションは「へぇ」の連呼になるわけだが、4番目のトリビアに至っては「へぇ」ではなく「えー!」。ちなみに他のトリビアの補足であるが、2番目の専用マイクはELECTRO-VOICE社の「RE20」というダイナミックマイク。3番目の機械的調整では、床の下にあるツマミにまで手を伸ばすとか。6番目のトリビアはいかにも元春らしく、プレイリストに合わせて歌ったり踊ったりシャウトしたりしているそうだ。


 
普段の収録の様子が垣間みれるトリビアの数々だが、実際にどのようなスタイルで収録が進んでいくのかが、ステージ上で再現された。元春はマイクに向かって立ったまま。ヘッドフォンのモニタリングを軽く調整し、エンジニアにパッと手でキューを出す。すると絶妙なタイミングでテーマ曲が流れる。スクリプトを譜面台に置いて、まるでボーカルレコーディングのようにマイクの前に立つと、テーマ曲はスっと小さくなり、元春が喋り始める。まさに阿吽の呼吸だ。元春は音楽に身を委ねながら、ここぞというところでキュー出しをすると、間髪入れずジングルやBGMが挿入される。大袈裟な書き方ではなく。まさにライブパフォーマンスなのである。元春の合図一発で演奏がブレイクし、またドライブするThe Hobo King Bandとのライブパフォーマンスと同じなのだ。

この場で紹介された曲は、グレイト3の「ルビー」と、ココナツ・バンク名義の伊藤銀次の新曲「東京マルディグラ」。番組を録音するというよりも収録の様子をリスナーに見せることがメインだったようで、10分程度で終了。この後は、伊藤銀次と片寄明人を交えての音楽トークショウに流れていく。

 




 
3人ともラジオ番組のDJ、パーソナリティの経験があるので、トークショウのテーマはラジオにまつわる話題が中心だ。まず、番組でオンエアするプレイリストを選ぶ基準は? という元春からの質問に対して伊藤銀次は、伝説的なDJである糸井五郎氏の名を挙げ、ソウルやブルース、R&Bなど難しいと思われがちな音楽でも、分かりやすい解説と友達に薦めるようなフレンドリーな紹介の仕方で、十分に魅力的に伝えることができると語った。

今まで影響を受けたラジオ番組は? という質問に、片寄明人は「元春レイディオショウ」と即答。これには会場からも拍手があがった。エアチェックやリクエストカードにまつわるエピソードが語られ、トークの内容は誰も知らない、元春がデビューする前にラジオ番組の担当ディレクターだった頃の秘話へと移っていく。いくつかの爆笑エピソードのなかでも、いかにも元春らしいものを紹介すると…。ある番組で、外国曲の対訳を朗読するというコーナーがあり、元春がその対訳を担当していた。The Beatlesの「Let It Be」を朗読する回のとき、パーソナリティである女優がその対訳を読もうとしたところ、Let It Beとは明らかに違う内容だった。それは元春の中にあるLet It Beの世界を表現した「詩」であったそうだ。元春自身にとってはごく普通の対訳だったそうなのだが…。

最後に、これからどんなラジオ番組を作ってみたいか? という元春からの質問に対して片寄明人は、世の中であまり知られてはいないけど素晴らしい曲がたくさんあるので、有名な曲とうまく織り交ぜながら紹介していきたいと語った。伊藤銀次は、たとえばこれからジャズの世界に触れてみようというリスナーがいたときに、マニアックとは違う形で、ジャズの世界を親しめ、リスナーが好きなものとそうでないものをチョイスするための指針となるような番組を作りたいとのことだった。

イベントはいよいよ終盤。全国から集まったリスナーからの質問コーナーとなった。「クリスマスの過ごし方は?」「自分がファンだったアーティストに会った時の第一印象は?」「ラジオ番組を担当している時の生活スタイルは?」など、さまざまな質問が投げ掛けられた。生活スタイルについて、片寄明人は「ラジオ番組の収録日が一週間の基準日になる」、伊藤銀次は「家で音楽を聴くときも番組を作る感覚で選曲をしているので、あまり変わらない」。元春は「世界中の音楽の傾向を番組を作りながら知ることができて、得している感じ」と答えた。「今後のレイディオ・フィッシュの特集予定は?」という質問に対しては「行き当たりばったり。でもリスナーからのアイデアはとても参考になります」と笑いながら答えていた。

終始和やか、というよりもかなり面白いムードのなかイベントは進み、そして終了した。最後に元春は「これからもリスナーの応援をもらいながら、楽しくて有意義な番組にしていきたいと思います」と語り、この日のイベントを締めた。フと時計に目をやると、もう3時。レイディオ・フィッシュと同じで、時間が過ぎるのを忘れてしまうくらい濃密なイベントであった。

 

 
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