01:吉野金次 前編



出会うべき人たちが最高のタイミングで出会い、お互いの能力を引き出し合って、あのアルバムが生まれたんです。



::::::::アルバム『SOMEDAY』のレコーディングで最も強く印象に残っているのは?

吉野 とにかく自由にやらせてもらったことです。だから感じたままに表現できた。いま聴いても、好き勝手なことをやっているなあ、と思います。未完成で行こう、という僕なりのコンセプトみたいなものもありました。完成度にはこだわらず、未完であることを恐れず、ミキシングの常識にも囚われず、佐野元春の生の魅力を生かしたい、と考えていたんです。

::::::::その瞬間の即興性を大切にしよう、という姿勢も感じますね。

吉野 そう。インプロヴィゼイションに近いフィーリングでミックスしたものが多い。たとえば大滝詠一さんとの仕事は完成度がすべてで、それに向かって作り上げていく面白さがあるけど、佐野さんの場合にはその瞬間の即興性を生かしたミックスができて、それがとても面白かった。佐野さんは既成の枠の中では表現しきれない狂気を持っているアーティストだから、こちらもはみ出すことを恐れてはいけないんです。『SOMEDAY』のサウンドはミキシングの常識から逸脱したものだけど、だからこそ佐野元春の魅力を多くの人たちに伝えることができたんじゃないかと思います。

::::::::久しぶりに『SOMEDAY』を聴いて、これほどまでに大量のエネルギーを詰め込んだアルバムも珍しい、と改めて驚きました。

吉野 『SOMEDAY』の場合、ヴォーカルもバックのサウンドも区別せず、すべての音を同等に意識して、サウンドを立体的に作っているところがユニークなんじゃないか、と思います。すべての音に同じように意識が行き届いている。それはいま聴いても自分でも魅力的だと感じます。

::::::::収録曲に対するアプローチがそれぞれに異なっている、というのも『SOMEDAY』の魅力のひとつですね。

吉野 そういう意味でも、本当に自由にやらせてもらいました。それを受け入れるだけのキャパシティが佐野さんの音楽の側にあった、ということですね。普通だったらカラフル過ぎてアーティストのカラーが見えなくなってしまうはずだけど、佐野さんの存在感が圧倒的に強いから、それでも佐野元春のアルバムになってしまう。

::::::::吉野さんはオーケストラの指揮者のようなタイプのレコーディング・エンジニアだと僕は思っているのですが、ミキシングとはオーケストラを指揮するようなものだ、と思いますか?

吉野 いや、そうは思いません。そうじゃないタイプのテクニカルなミキサーもいるし、彼らの場合にはどんな音を録っても彼らの音になります。ただ、僕はテクニカルなタイプではないので、ベーシストやドラマーが変われば音も変わるし、ギター・アンプが変わっただけでも音が変わる。だからコケると、ひどいものを作ってしまう。たとえば「ヴァニティ・ファクトリー」のアプローチは失敗でした。エレクトリック・ギターのプリミティヴな触感がもっと前面に出なきゃいけない曲だったのに、ストーンズの「ミス・ユー」みたいな甘口のアプローチをしてしまった。あれは僕のミスジャッジです。佐野さんには申しわけないことをしたといまでも思っています。あの曲だけはやり直せるものならやり直したい。

::::::::レコーディングにおける伊藤銀次さんとザ・ハートランドの役割は?

吉野 このアルバムでの銀次は重要な触媒になっていたと思います。ザ・ハートランドの能力を引き出せたのも銀次の力が大きかっただろうし、とにかく彼がスタジオの中にいることが大切だったんじゃないでしょうか。それから、小坂(洋二)さんのジャッジは常に的確でした。僕も彼のひと言には何度か助けられました。いろいろな意味で『SOMEDAY』は最高のバランスで作られたアルバムだと思っています。あのときの佐野元春がいて、あのときの伊藤銀次、あのときの小坂洋二、あのときのザ・ハートランドがいて……。

::::::::そして、あのときの吉野金次がいた。

吉野 ええ(笑)。出会うべき人たちが最高のタイミングで出会い、お互いの能力を引き出し合って、あのアルバムが生まれたんです。

::::::::『“SOMEDAY”Collector's Edition』の印象は如何でしたか?

吉野 圧倒的に音が太い。あのリマスタリングは再創造に近いですよ。僕が作ったサウンドはヴォーカリストとしての佐野元春に焦点を絞ったものだったと思うのですが、今回のリマスタリングではアーティストとしての佐野元春が前面に出ていると感じました。

::::::::『SOMEDAY』はポップであると同時にアヴァンギャルドでもある稀有なアルバムだと思いますが、今回のリマスタリングではアヴァンギャルドな部分がより強調されているような気がします。

吉野 そういう意味でも『SOMEDAY』は佐野元春そのものです。佐野元春の存在そのものがポップであると同時にアヴァンギャルドでもあるわけだから。あの“ロックンロール・ナイト・ツアー”を観たファンにはわかってもらえると思うけど、あんな人は他にいない。彼はただそこにいるだけでいいんですよ。それだけで充分に魅力的なんです。本当に稀有な存在だと思います。



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