ハートランドからの手紙#64
掲載時:93年9月
掲載場所:「ロック・クラシックス」(音楽之友社)

Highway61 / Bob Dylan

 伝承(フォーク)音楽的な詩づくりと黒人ブルース音楽の合体という視点にたてばこの「Highway61」は実験的なアルバムといえるだろう。うなるようなボーカルは即興性に溢れている。演奏は録音技術の点ではまとまりがないが、表現の点ではミュージシャン達は同じ方向を向いている。フロントカバーの本人の写真も気取ってはいるけれどカッコいい。ポピュラー音楽の歴史的視点にたてば、このアルバムはロックンロール音楽にある種の意味深さを与えたと思う。ティーンエイジャー達のお楽しみの音楽だったロックンロール音楽に、人の生き方にかかわる大事なテーマ(愛と憎しみ、存在と死、抑圧と解放)をすべりこませている。そのおかげで、このレコードの響きは文学的だったり、哲学的だったりしている。「I love you、You love me」の表現に終始していたそれまでのポップ音楽は、このアルバムのヒットの影響で新しい可能性を獲得したはずだ。

このアルバムは60年代当時の時代背景をともなって生まれてきたのだという認識もある。60年代の始め、アメリカではフォークソングのリバイバル・ブームがあった。ボブ・ディランは先輩のウッディ・ガスリーに習って唄いはじめた。公民権運動やベトナム戦争のおかげで当時のヤングジェネレーションは政治や国のシステムとまっ向から向かわざるをえなかった。誰もが変革の時期だと気づいていた。その意識を当時のソングライター達は唄に託した。しかしアコースティック・ギター一本では巨大なシステムをビートできなかった。最高に電気増幅されたエレクトリックなサウンドが必要だった。反抗のシンボルとしてのロックンロールはエルビスから始まってディランに行き着いた。アルバム「Highway61」にはそうした時代に生きたアーティストの、混沌とした精神がうまく反映されている。

ヒップでクールな意識に溢れたこのアルバムを自分のターンテーブルの上に乗せて聴く。政治や経済や環境が今よりは単純だった60年代当時、現状のシステムに迎合したくない人達にとってはその態度自体が充分にファッショナブルであったにちがいない。しかしファッションは時とともに移ろってゆく。もしこのアルバムが単にファッショナブルであっただけだとしたら、僕はとっくの昔に棚から取り出して、このレコードをさっさと捨ててしまっていただろう。本質だけが残ってゆく。このアルバムの放つ香りは普遍的だ。なぜならこのこのアルバムの音楽は「個人の解放と救済」をテーマにしているからだ。それをポエトリーと言い換えてもいい。「個人の解放と救済」というテーマはその後のロックンロール音楽の主要なテーマになった。アルバム「Highway61」にみられる表現はそうした一群('フォークロック'と人々は呼んだ)の先駆けでもあったと思う。

ロックンロール音楽はダンスするときの伴奏だけではなく、時には何かまともな事を考えさせてくれる音楽でもあるのだな。10代の時このレコードを聴いて、僕はそんなことを思った。そしていまだにこのアルバムは僕にとって明快な磁力を持っている。


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