07 | スロー・ソングス
1990-1992



 
  編曲・指揮の前田憲男氏とともに。──「情けない週末」レコーディン グ風景

 

 1991年にリリースされたアルバム『スロー・ソングス』は、ファースト・アルバム『Back To The Street』から'90年の『TIME OUT!』までに収められたラヴ・バラッドを12曲セレクトしてまとめたアルバムである。スタート・ダッシュし、一瞬でロックンロールして駆け抜ける佐野元春の動の部分の裏側に隠されている静の部分を抽出してみせた音楽集。まさに裏ベストとも言い換えられる名曲揃いだ。

 しかも、ただ過去の楽曲を寄せ集めた企画物には終わっていない。「バルセロナの夜」「週末の恋人たち」をリミックス、「彼女」をリテイクしたのをはじめ、ファンの間でも特に支持が高かった「情けない週末」「バッドガール」の2曲を大胆にもリメイク。リメイクされた2曲は、日本ポピュラー・ミュージック界の第一人者である前田憲男によるフル・オーケストラ・アレンジで、新しい服に着替えたように生まれ変わったのだ。それまでのイメージを失うことなく、歌とオーストレーションが共鳴している。日本のポピュラー・ミュージックの歴史の中では例を見ない試みとなった。

 佐野元春のラヴ・ソングは、もちろん個人的感情から発生したものではあるが、過剰なセンチメンタリズムを排し、情感の起伏を最小限に抑えることで、逆に普遍性を持つポップスとして個人に訴えかける力を増している。

「情けない週末」に歌われる“パーキング・メーター、ウィスキー、地下鉄の壁”など、一見羅列されただけの風景が聞く人それぞれに鮮やかに見えてくるのは、過剰な情感の排除があったから。「バルセロナの夜」にしても、街を特定してはいるが、そこに各人の思い浮かぶ場所を当てはめればいいだけだ。

 ひとりきりの週末を迎えなければならなくても、少しの気休めにはなる。『スロー・ソングス』を聴くといつもそう思う。

(東 雄一朗)



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