12 | 他アーティストのプロデュース
1990-1992



 1990年代初頭に入ってからの佐野元春は、積極的に他のアーティストのプロデュース・ワークを手懸けることになる。盟友・伊藤銀次のアルバム『ラヴ・パレード』に収録されている「FLOWER IN THE RAIN』('93年)をプロデュースしたのは、それまでの経緯からすれば何ら不思議ではないが、佐野は若いバンドからのリクエストで3組のバンドをプロデュースした。

 原宿ホコ天から飛び出した最後の世代で、シンプルなロックンロールとメッセージ性の強いバンドだったザ・ウェルズ『1960’GUNS』('91年)。まだ現在のように藤井一彦がフロントに立つスリー・ピース編成になる前のザ・グルーヴァーズ『TRAVELIN' MAN』('91年)。ヒートウェイヴの転機作となった『1995』('95年)。

“プロデュース”という大上段に構えた接し方ではなく、当時の若手のバンドマンたちと積極的に“組んでいった”といった表現のほうが正しいであろう。'89年に自らのレーベルであるM's Factoryからリリースしたオムニバス・アルバムで、若手の音楽家達をプロデュースしたという経験をいい形で生かしていき、先に挙げたバンドとのコラボレイトへと繋がってゆくのである。

 彼らは佐野の音楽をストレートに聴いて育ってきた世代であり、佐野の持つ音楽性が何らかの形でサウンドや詞に反映されていると感じとれるアーティストたちなのだ。佐野と共に音楽を制作できて光栄だという気持ちとある種の同志的な気持ちで臨んでいたのである。とりわけザ・グルーヴァーズとはその後もイベントなどで幾度かセッションしているところをみると、いい交歓が続いていると思われる。

 そして一連のプロデュース作業の経験は、若手の音楽家達を紹介する佐野プロデュースのライヴ・イヴェント『THIS』へと繋がってゆく。

(東 雄一朗)



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