國崎●佐野さんはiTunes Music Storeでの音楽配信にも積極的ですね
元春●僕は多感な頃、ブラックビニールは未来永劫、死ぬまでブラックビニールだなって思っていました(笑)。でも録音メディアっていうのは、時代によってどんどん変わっていくもんなんだな。今はデジタルの時代であり、ストリーミングやダウンロード配信になっている。しかし、オリジナルのマスターはアナログで、僕が納得できる形で保管しておかなきゃなって思うんです。そして今後、メディアが変わっても、それぞれに最良の音で提供できるようにしなくちゃなって、そういう意識をもっています。だから今でもアナログレコーディングにはこだわっている。
國崎●iTunesやiPod。あれも新しいメディアですよね。それなのでそれ向けの新しいマスタリングをするべきだと。
元春●ファンの側から見れば、ひとつの便利な視聴手段ということになるでしょうね。彼らの楽しみに繋がることであれば、それを積極的に支えたいというのが作り手の正直な気持ちだね。たしかに圧縮された音が届けられるので、サウンド的にははっきりいって良くない。今お話してきた“物差し”で言えば、必ずしもグッドサウンドではないんだ。それでもリスナーが楽しいといえば、その中でグっとくるサウンドを作る必要があるということで、悶々としているところに前田さんから「iTunes Music Store向けの作業、ちゃんとやってますよ」って連絡がありました。
(一同笑)
元春●まだiTunes Music Storeが日本で始まって1ヶ月くらいでしたからね。もちろん米国ではすでに始まっていて、本国のバーニーグランドマンスタジオでは、iTunesで販売されている「Complete U2」のリマスタリングなどを手がけていました。そこで今回のニューシングルはiTunes用にもリマスタリング作業をお願いしました。
國崎●先ほどお話にあったアナログレコード用、CD用、カセットテープ用といったものと同列で配信用ということですね。ちゃんとマスタリングすれば良くなるんですよね?
前田●やれば良くなりますね。やったほうがよいです。伝えたいものがきちんと伝わってくる。CDからリッピングすると失う音がかなりあるので、それで音楽の本質を失っちゃうともう勿体ないですよね。圧縮されて劣化された部分があったとしても、ここだけは残したいという部分は残したほうがいいです。
元春●パッケージとしてのCDサウンドも前田さんがやられていて、そこで完結している。iTunesはiTunesでそれなりに完結している。僕の友達の間でもそういう意識が徐々に生まれ始めているよ。
國崎●よく世間ではiTunesだと音が悪いと言われますが、できるだけグッドサウンドにするという努力を、佐野さんの曲ではやられているということですね。
元春●僕らはバンドメンバーのリアルプレイを、きちんとマイキングしてエアで録音していますから、その情報はできるだけ正確に、確実に残していきたい。レコーディングスタジオで作っているリアルプレイのサウンド。この音っていうのは凄いメッセージなんですね。だから子供たちが携帯電話で音楽を聴いている様子を見ていると、ちょっと残念なんですね。それが彼らの音の物差しになっているんだとしたら残念。だから夢みたいな話だけども、キッズたちをレコーディングスタジオに連れてきて、そこのスピーカーから聞こえてくる生のサウンドを聞いてもらい、それを物差しにしてもらいたい。僕自身、音自体がもっているメッセージを大切に感じている。

サウンド&レコーディングマガジン
國崎編集長
國崎●昔はアナログレコードとラジオの親和性が高く、欠かせないパートナーという感覚がありました。今の携帯機器のパートナーがまだないのかもしれません。なんでラジオがあんなに良かったんでしょうかね。
元春●ラジオからヒット曲が生まれるという構造があったからでしょうね。ラジオDJが良い音楽をピックアップして、まるで友達に「これいい音楽だから聴いてみて」っていう感覚で紹介することが成り立っていた。だからラジオからヒット曲が生まれる構造があった。最近はそれがなくてちょっとつまらない。古い考えかもしれないけど、今でもラジオからヒット曲が生まれるべきだと思っている。だからマスタリングというのは凄く大事。
國崎●佐野さんが「元春レイディオショー」をやられている頃は、マスタリングというかレベル調整を誰かがされていたんですか?
元春●ラジオ番組制作の現場でそんなことやっているのは、大瀧さんと山下達郎さんぐらいしかいなかったと思う(笑)。当時「元春レイディオショー」を一緒に制作してくれたのがシャララカンパニーの佐藤さん。彼と常にディスカッションしていた。NHKは官僚的で締めつけが厳しい印象があるけど、現場はとても自由にやっていた。あの番組は生放送ではないけど、ほぼ一発撮りです。それをアナログテープに録音していたので、そこで自然なコンプレッションが加わる。それを計算しての録音でした。'60年代の音源と'80年代の音源だと音圧も違うし、EQもばらばら。それを多少揃えたりもしてましたね。
前田●エアチェックってマスタリングの走りだもんね。録音レベル合わせて…。カセットデッキのVUメーターがピークメーターに変わった時は斬新だったもんね。だから、これからマスタリングエンジニアは出てこないかもしれませんね。今はMDとかにポンって入れてお終いですから。
國崎●さらにはファイルの変換作業ですからね。ソフトウェアに一発お任せ。
元春●そんなの任せられないよね。
(一同笑)
…こうしてお届けしてきた4者対談。レコードやCD、デジタルデータという最終形態が我々の手元に届くまでの間、さまざまな行程において、さまざまな人たちが手をかけ、さまざまな想いと情熱が注ぎ込まれていることが垣間みれる、充実した対談だった。元春が言っていた「グッドサウンドはそれ自体がメッセージ」。これに言葉のメッセージが込められ、皆がそれぞれ抱えている、あの頃の思い出が添えられたクリスマスプレゼント。今回の'80年代紙ジャケット&リマスタリング盤 8作品は、まさにそんな雰囲気がピッタリのアイテム。ぜひ手にして、心温まるクリスマス、そして2006年をお迎えください。

ニューシングル『星の下 路の上』
iTunes Music Storeで先行販売が開始されているニューシングル『星の下 路の上』。元春がまたネクスト・ステップに踏み出したことを予感させる、最高のロックチューンだ。

iTunes Music Storeで販売されているバージョンは、iTunesやiPodで試聴した際に最高の音質が得られるよう、リマスタリングされた特別なバージョンになっている。

新作3トラックEP『星の下 路の上』
2005年12月7日(水)から全国CDショップ、オンラインストアで販売が開始する、元春の最新作。iTunesでの先行シングルをはじめ、『ヒナギク月に照らされて』『裸の瞳』を収録した、3トラックEP。