ニュー・ジェネレーションのための佐野元春CDガイド
moto's note:
全体を通してダークでくすんだような印象のアルバムだが、ソング・ライティング、バンドの演奏...

全体を通してダークでくすんだような印象のアルバムだが、ソング・ライティング、バンドの演奏、サウンドの点で、どのアルバムよりも仕上がりの満足度が高い。初期のバンド、ザ・ハートランドとの最後のスタジオ録音盤で、僕らのコラボレーションが一番クリエイティブな高みに達したアルバム。英国でのミックスのせいかサウンドがUKしている。セッションでオルガンにジョージ・フェイムが参加してくれた。一緒に唄った「エンジェル」という曲が特に好きだ。



MWS●最初に聴くべき佐野元春アルバムとして、『The Circle』はなかなかユニークですね。このアルバムは「成熟」というのがキーワードじゃないでしょうか。サウンドもそうですし、詞の世界も成熟した、もしくは成熟していく過程での世界観が歌われていると思います。佐野さん自身、新しいリスナーに対して『The Circle』をどう勧められますか?

佐野●よく音楽アルバムを批評するときに、「完成度が高い」というような評価の仕方がありますよね。その点で言うと『The Circle』は「完成度が高いアルバム」と言えます。「じゃあ、その完成度って何?」っていったところがリスナーは一番知りたいと思うんだけれども、まずはソングライティング。それからバンドの演奏やサウンドの響き方。そしてもうひとつ、これは自分だけでは表現できないんだけれども、時代とのマッチングですね。そうした要素ひとつひとつが、非常に高い得点であるのが『The Circle』です。そうした意味で、僕の出したアルバムの中で最も安定しているので、ヤングリスナーたちがこのアルバムを聴いたときに、安心して佐野元春ミュージックに身を委ねることができると思う。

MWS●アルバムを聞き終えた後の密度が濃く、響きの重心がずっしりしているというイメージもありますね。佐野さんの中にはいろんな音楽性があって、アルバムによっては、こっちに連れて行かれた瞬間にまた別のところへ連れて行かれるといった面白さもあるわけですが、『The Circle』は「ずっと続くひとつの道」みたいな印象があります。

佐野●そのとおり。僕のいくつかのアルバムは、それこそ幕の内弁当のようにいろいろなジャンルのポップソングが混在しているものも少なくないんだけれども、この『The Circle』というアルバムはひとつのトーンで貫かれたアルバム。ここも、先ほど僕が言った完成度の高さといった表現に繋がってくるんだ。

そしてロック音楽の激しさ、アグレッシブさに加えて、ソウル音楽の暖かさを上手くミックスできたアルバムです。それはサウンドだけではなく、リリック(歌詞)の部分もそうだね。それまで自分が書いてきた一途な見方だけではなく、喜怒哀楽で言えば哀しい感情や怒りの感情といった、我々にとってネガティブな感情でさえも包み込もうとする温かな視点。それがこの『The Circle』の中にはある。ソングライターとして、ようやくそういう表現ができるようになったなと実感があったアルバムです。

人生の瑞々しい時期にある人にこそ、こうしたマチュア(成熟)な音楽を体験してほしいと思う。彼らは今、ヒップホップなどを聴いて楽しい思いになっているのかも知れないし、それはそれで素晴らしいんだけど、一方でこうしたマチュアな音楽を聴いて何か感じてくれると、ポップ音楽の聴き方がもっともっと楽しく深みを持ってくるのではないかと思う。

MWS●たしかに、10代や20代が四六時中アッパーな生活しているかというと決してそうではなく、切なくなったり、上手く行かない苛立ちを自分の中に溜め込んだりすると思うんですね。そうした気持ちを無理にアッパーなほうへ持ち上げるのではなく、本当に包み込んでトリートメントしてくれる、そういうことを『The Circle』に感じます。

佐野●あと、ある部分これは男のアルバムだと言えるね。大人の男の人が聴いても楽しめるんだけど、それゆえに10代の男の子たち、あるいは20代のこれから成熟してゆく男たちに、この『The Circle』というアルバムは響いていくんじゃないかな。男なら誰もが持っている弱さとか切なさを、僕はこのアルバムに表現したんだ。

MWS●女性が聴いても「エンジェル」とか素晴らしいですよね。

佐野●「エンジェル」はよく出来た曲。UKのジョージィ・フェイムというオルガンプレイヤーが演奏に参加してくれて、一緒に歌ってもくれました。当時、このレコーディングをしたとき彼は、ちょうど今の僕の年代だった。そして彼が「50歳になっても60歳になってもロマンスについての歌を歌いたい」と言っていたんだ。非常に共感を得た言葉でったね。「君を連れてゆく」のオルガンプレー、これも言葉を超えた見事な表現。ジョージィ・フェイムという人生の経験者から捻り出たあのオルガンプレー、味と言ったら良いのかな、それは何物にも代えがたいし価値がある演奏だった。そういうロック音楽の経験者にも支えられたアルバムだね。

MWS●佐野さんのアルバムは、どれも長く聴かれる作品だと思うのですが、『The Circle』はいろんな節目に聴きたくなるようなアルバムですよね。

佐野●若い季節のころには、何かを失ってもすぐに取り戻せる可能性に満ちあふれているので、良い意味で楽観的でいられる。しかし人生を長く歩んでいくと、もう取り戻せないものもあったりする。そのときの喪失感も歌い込むのに良いテーマになってくるんだ。演歌とか、歌謡曲では、そうした感情を半ばパロディにして商用化したものがたくさんあるんだけど、本当に真摯なポップ・ロックの視点で貫いたその種の感情、男の感情を歌にしたかったし、それがうまくいったアルバムだと自分でも思える。こうしたアルバムは、ヤングリスナーの周りにそうたくさんはないだろうから、そうした意味でもぜひ触れて、何か感じてくれたら良いな。
[収録曲]
1. 欲望
2. トゥモロウ
3. レインガール
4. ウィークリー・ニュース
5. 君を連れてゆく
6. 新しいシャツ
7. 彼女の隣人
8. ザ・サークル
9. エンジェル
10. 君がいなければ
※曲名をクリックすると試聴できます。(QuickTimeが必要です

ザ・サークル

レーベル:Epic Records
商品番号:ESCB1456
発売日 :1993.11.10
価 格 :¥2,854(税込)






_copyright 2006 M's Factory Music Publishers inc.