ニュー・ジェネレーションのための佐野元春CDガイド
moto's note:
とかく芸事に携わる連中は世間から偏狭に捉えられがちだ。僕も例外ではなく、たまに「サムデイ」のひと...

とかく芸事に携わる連中は世間から偏狭に捉えられがちだ。僕も例外ではなく、たまに「サムデイ」のひと、などと言われる。あまり派手な宣伝もなくやってきたのでそのあたりのことはいたしかたない。しかし音楽が好きな若い世代から自分の音楽について質問を受けたら、夜が明けるまで語るだろう。このアルバムは僕が自分が楽しむために作ったベスト・アルバムのようなものだ。ポップでサイケデリックでオルタナティブな曲のコレクションだ。ここには「サムデイ」も「約束の橋」もない。しかし真の佐野元春らしさがたっぷり詰まっている。本人が言うんだからまちがいない。



MWS●『THE SINGLES EPIC YEARS 1980-2004』で佐野元春に興味をもった新しいリスナーが、じゃあ次にどのアルバムを聴こうか? といったとき、『GRASS』を勧めるというのは面白いですね。シングルコレクションは佐野さんのポップな一面が出てきているものに対して、『GRASS』はオルタナティブで「裏・佐野元春」という雰囲気があると思うんです。そしてそれは、佐野元春というアーティストを知るうえでバランスが取れるとも思います。

佐野●『GRASS』というアルバムは、とても佐野元春らしいアルバム、その一言だね。リスナーは、商業的な視点で見られる佐野元春、作家的な視点で見られる佐野元春など、いろんな視点で僕のことを見てくれていると思うんだけど、『GRASS』というアルバムは佐野元春自身であるという点において、僕にとってはとてもプライベートな性格を持ったアルバムと言える。つまり、佐野元春としての作家性が全面に出ているアルバムです。ヒットチャートの音楽だけを楽しみたい人たちにとって『GRASS』は親切なアルバムではないけれど、「佐野元春音楽の本質とは何か?」といったところに興味を持ったとしたならば、その彼らに『GRASS』はきっと楽しんでもらえると、僕は信じています。

MWS●たしかに『GRASS』に収録されている曲は、音楽的な部分と歌の世界、その両方ともヒットチャート音楽と明確に違いますね。

佐野●『GRASS』の中の音楽は、決して商業性を無視したわけではないんだけれども、売れることとか人気が出ることは横に置いて、自分の表現として何ができるかに重きを置いた曲ばかりなんだ。つまりコマーシャリズムを意識していない曲だからこそ、僕らしさが滲み出ている曲群なのかもしれないと思っている。

MWS●でも、コマーシャリズムを意識していないからといって、その音楽が難解かというとそうではないですよね。非常にポップだし、聴きやすいし、良い曲が揃っています。

佐野●そうなんだよね。世の中のどんな複雑な物事も、それをポップソングのテーマとして取り上げて皆のところに届けるときには、ポップでなければいけないというのが僕のフィロソフィー。個人的に、その作業が上手く行った曲だけを集めたのが『GRASS』です。

MWS●例えば『GRASS』に入っている「君が訪れる日」は、ビートルズ中期のサイケデリックポップな雰囲気や、レコーディングテクニックが見え隠れしていて非常に面白かったりします。他の曲も含めて『GRASS』は佐野さんのバックグラウンドも分かるし、ロックそのもののバックグラウンドも分かる。しかも難解ではなく聴きやすい。

佐野●僕も10代の時に、ビートルズを源とする一群のUKポップというのを本当に楽しんで聴いてきた。その音楽に共通して僕が感じていたのは、ある種の「シニカルさ」、少し捻れた「ユーモアのセンス」、そして「攻撃性」なんだよね。そうした要素が若い僕の心をとらえた。この『GRASS』に収録した音楽には、その3要素に満ちあふれている。

MWS●その3要素は、新しいリスナーが佐野さんの音楽をたくさん聴いていったときに、どのアルバムにも、どの曲にも出てくる要素なあるわけですよね?

佐野●そのとおり。そしてその3要素というのは、人生の中で成熟した世代の人たちよりも、むしろまだ経験の少ない彼らのほうが、それをダイレクトに感じ取れる感受性があるのではないかと思う。その点で、この『GRASS』はヤングリスナーに単純に楽しんでもらえるんじゃないかな。「SOMEDAY」や「約束の橋」は、「人生って何?」という質問に対してストレートに答えている。でも、『GRASS』では「人生なんてガスだよ」って言っている(笑)。

もちろんどの曲も人生に対してまじめに取り組んだ詞ではあるんだけれども、ストレートではないんだよね。少し捻ったり、斜めから物事を見たりする。そうすることによって、意外と真実に到達する可能性が出てくるときもあるんだ。だから僕は物事を見るときは、あまりにもまっすぐな物の見方というのは嫌いなんです。物事というのは必ず多面的で、奥深さがあって、時には知らない間に姿を変えてしまう。それを見据えて、その物事の本質は単純には捉えられないし、本質がどこにあるのかって探っていく探究心こそが僕たちの人生の面白さだよ。

MWS●『GRASS』を聴いた後で、もう一度「SOMEDAY」を聴くと、また別の見方ができるかもしれないですね。そういう意味でも、シングルコレクションの次の1枚として『GRASS』というのは、非常に良いガイドだと思います。
[収録曲]
1. ディズニー・ピープル
2. 君が訪れる日
3. ミスター・アウトサイド
4. ブッダ
5. インターナショナル・ホーボー・キング
6. 君を失いそうさ
7. 天国に続く芝生の丘
8. 風の中の友達
9. 欲望
10. ジュジュ
11. 石と卵
12. ボヘミアン・グレイブヤード
13. モリソンは朝、空港で
※曲名をクリックすると試聴できます。(QuickTimeが必要です

グラス

レーベル:Epic Records
商品番号:ESCB2190
発売日 :2000.11.22
価 格 :¥3,059(税込)






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