05 | アルバム『ザ・バーン』
1997-1998



 1997年8月、佐野元春はザ・ホーボー・キング・バンドのメンバーと共に渡米した。目的地はニューヨーク州ウッドストック。ザ・バンドのアルバム『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』などを手掛けたジョン・サイモンのプロデュースでニュー・アルバムを録音するのがその目的だった。
 
 ウッドストックといえば、60年代から多くのミュージシャンが移り住み、無数の名盤を生んだロックの聖地のひとつ。佐野元春とバンドのメンバーとの音楽的原体験が交差する場所、それがこのウッドストックだったのだ。 

 

 足かけ2ヶ月に渡るレコーディングによって完成されたアルバムのタイトルは『ザ・バーン』。大きな納屋(バーン)を改造したレコーディング・スタジオの愛称にちなんだものだ。レコーディングにはザ・バンドのガース・ハドソン、元ラヴィン・スプーンフルのジョン・セバスチャンら伝説のミュージシャンたちも参加した。アルバムはザ・ホーボー・キング・バンドの高いプレイアビリティを背景に、アメリカン・ルーツ・ミュージック色の豊かな、アーシーで落ち着いたトーンに仕上がっている。 
 
 佐野元春の表現はこの作品でさらに一段の深化を見せている。“答えはいつでも形を変えてそこにある”と歌う「風の手のひらの上」はボブ・ディランへのオマージュだろうか。“せつない”と嘆いて見せることで我々の社会への眼差しと内面の危機を告発した「誰も気にしちゃいない」、日常の中でのギリギリのオプティミズムを情感豊かに切り取って見せる「ヘイ・ラ・ラ」など、ここで佐野は前作で示唆した成熟という問いかけに、さらに真摯に向かい合おうとしているように思える。 
 
 ロックンロールの“辺境”でそのスピリットにストレートな憧憬を抱き続けた少年が、ウッドストックという“聖地”で、遂に脈々と続くその歴史に連なろうとした作品。音楽的完成度の高い名作である。

●関連サイト
THE BARN SITE

(西上典之)



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