10 | 書籍「時代をノックする音」
1999-2000



 佐野元春がデビューして20年、その足跡を追いかけるのにうってつけの本がこれだ。著者の山下柚実は「ショーン ― 横たわるエイズ・アクティビスト」で第1回国際ノンフィクション大賞優秀賞を受賞した気鋭のノンフィクション・ライターだが、同時に彼女自身が佐野の音楽に十代の心を震わせ、影響を受けたひとりのファンであることが序章で語られている。

 佐野の作品について、あるいはそのバイオグラフィについて音楽評論家の書いた文章を目にすることは珍しくない。しかし、ノンフィクション・ライターとして、佐野の音楽の背景となった時代から説き起こし、その中に佐野の作品を位 置づけようとした試みは貴重だ。なぜなら佐野の音楽もまた'80年代、'90年代というその時代を無視しては語り得ない社会性を帯びているはずだから。 

 作者はこの本を著すために佐野本人に対して「膨大な量」のインタビューを行ったという。新しいファンにはもちろん、長く佐野に寄り添ってきたファンにとっても新鮮な切り口から語られる佐野の言葉はそれ自体が大きな価値を持っているが、それを一冊の読み物として構成し、いわば佐野元春通 史として編み上げた作者の努力は高く評価されるべき。

「時代の複雑さに敬意を払いたい」という佐野の言葉を重要な契機として書かれたこの作品は、その通 り、複雑な物語を、佐野元春というアーティストを一本の軸とすることによって明快に描ききって見せた。 

 ロック村の外側から寄せられた確かな、そして愛情にあふれた視線。佐野がやって来たこととはいったい何だったのか、それを確かめるためにも座右に置きたい本の一冊だ。

(西上典之)



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