手塚治虫といえば知らない者のない日本のマンガ界の巨人だが、'98年暮れ、その手塚治虫へのトリビュート・アルバムが発売された。タイトルは『アトム・キッズ』。総勢17組のアーティストに混じって、佐野元春はオリジナルの新曲「僕は愚かな人類の子供だった」を提供した。
穏やかなバック・トラックに乗せてポエトリー・リーディングが流れるこの曲で、佐野は手塚チルドレンの一人として、自身のアイドルだった鉄腕アトムに、手塚治虫に、そしてファイン・アートに対するカウンター・カルチャーとして、ロックの兄弟でもあるマンガというアート・フォームにオマージュを捧げたのだった。
'99年2月、この曲はデジタル・アート・ピースとしてネット配信でリリースされた(CDシングルも発売)。リスナーが所定のサイトに接続してダウンロードしたプログラムをPC上で実行するとこの曲のクリップが流れ出す仕掛けだが、曲の間に画面 をクリックすると、隠されたアニメーションや佐野の写真が次々と画面に現れるというインタラクティブなもの。佐野がこれをただのクリップではなく、わざわざ「デジタル・アート・ピース」と名づけた所以である。制作にあたって、メディア・アーティストの黒田智之氏、石田勝美氏が参加している。
また、このアート・ピースには、アニメ「鉄腕アトム」からのシーンが引用されており、CDには収録されていないアトムの声も聴くことができる。佐野のマンガ好きは有名だが、このクリップを見れば佐野の手塚に対するオマージュが表層的なものではなく、同じ表現者としての深いリスペクトに裏打ちされたものだということが分かるだろう。
このクリップの冒頭には「Digital Art Piece Chapter 1」というテロップが入る。新しいメディアに果
敢に取り組んできた佐野ならではのトライアルが、今後も引き継がれて行くことを期待したい。