マスターテープの集合写真

國崎●1980年にファーストアルバムを出した頃ってまだCDそのものが無いわけですよね。それで「SOMEDAY」の頃にCDが…。
元春●実際は『VISITORS』の頃です。米国から『VISITORS』のマスターを持って帰ってきたら、所属していたソニーが「これからはCDだ」と。で、まずその時点での最新版だった『SOMEDAY』がCD化されました。
國崎●そのマスタリングは田中さんが仰っていたように、アナログをそのまま変換する形だったんですね。
田中●そうですね。最初は忠実にしてたんですけど、海外から6mmのテープとデジタルのテープが来るじゃないですか。音が違うんで、これはやっぱりCDというのは別なスタンスで考えなければいけないというのが僕の中であったんですよね。
元春●'80年代、特に『VISITORS』以降は、『Cafe Bohemia』にしても『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』にしても、国内の録音技術がどんどん高まっていった。僕自身、勉強という意味も込めてマスタリングはニューヨークやロンドンなど、それぞれ自分の好きなレコードサウンドのマスタリングエンジニアにコンタクトを取って、どういう作業をするのか現場に行って実際に見て、音を聞いた。それを体験して、田中さんとかエンジニアの方達にフィードバックしていくという、そういうことが頻繁にありました。
國崎●佐野さんの作品で、いままで何度かリマスターはされているんですか?
元春●3回くらいあるんじゃないかな。
國崎●その都度、田中さんがやられていたんですか?
元春●90年代にレコード会社が、80年代の作品をリマスターで出しましたが、その都度田中さんにお願いしていました。
國崎●リマスタリングする度に違う音になっていました?
田中●しょっちゅうアンプに手を加えていたので、その分だけ情報量が上がってくるんです。最初の頃は限られた機材だけだったんですが、機材が変わってくると情報量が上がってくる。情報量が上がると、もうちょっと音を補正したほうがいいのかな、という選択肢が増えてくる。元は同じなんですけどね。
國崎●ファンの方々は全種類のCDを持っていたほうがいいわけですよね(笑)
元春●そうかもねえ。
前田●それぞれ特典も違うしね(笑)
元春●面白い話でね、大滝さんは全然新作を出さないから「ニューアルバム出してくださいよ」って言ったら「佐野君。僕は時代に合わせてリマスタリングするだけで精一杯なんだ」って。
(一同笑)
元春●でも今回、前田さんにほとんど僕の過去のレコードをリマスタリングしていただいたんだけれども、ようやく僕が実際にレコーディングスタジオでアナログレコーディングしたときの感覚にとても近いところまで前田さんが引き上げてくれたんですね。それは、ハードウェアの発展もあるし、いろいろなものがアジャストしてきて、CDサウンドは今が良いところに来てるんじゃないかと思う。それなので今回のリマスタリングはすごく感謝しています。僕は本当に感動して、涙が出てきましたね。すごく嬉しかった。
國崎●前田さんとして、田中先生がマスタリングされたものに対して、自分がリマスターするというのは結構プレッシャーが…。
前田●無いです。
(一同大爆笑)
田中●時代が違うからねえ。こんなにちゃんとしたCDマスタリングのコンソールなんて、あの頃無かったから。スタンスが全然違う。マスタリングコンソールをここまで整備するところは国内でも未だに無いけど、バーニーグランドマンスタジオは、昔からすでにあったわけだから。
國崎●ここはトップクラスのマスタリングスタジオですからね。さっき佐野さんから「マスタリングエンジニアは時代の流行などを嗅ぎ分けて、それに仕上げていく」という話がありましたけど、今回のリマスターをするにあたっては、「今、もう一度この曲を流行らせてやろう。今風な味付けをしてやろう」という意識だったんでしょうか? それとも「過去の良さを存分に引き出そう」ということだったのでしょうか?

前田康ニ氏
前田●今回、僕は最初にボックスセット企画だと聞いていたんです。ボックスセットはある意味「過去のコレクション」であって、コレクターアイテムであるべきだと思っています。何年か前にツェッペリンのボックスセットが出たんですが、すごくイヤなんですよ、あまりにもリマスターされていて。ジミー・ペイジ本人が手掛けたから、そうしたかったんだろうなと思うんですけど、そこまでやる必要は無いだろうと。やはり、アナログに針を落とした感じをCDでも味わえるというか…。やっぱり、音楽ってその時代その時代がエモーションだと思ってるんですよ。その曲を聴けば、昔付き合っていた恋人とかそのときの風景だとか、そういうものを思い返せるものだと思ってるから。やはり、音楽はその時代時代の「Past」な存在感があると思うんですよね。
元春●今回は特に、オリジナルアルバムを紙ジャケにして、さらにリマスタリングということで、'80年代当時に僕のレコードを買ってくれたファンに喜んでもらおうという企画なんです。だから当時のアナログレコードの本当に良い部分を忠実に再現する、前田さんはそこを頑張ってくれたと思ってる。今回、オリジナルのマスターテープを聴いて、どういう状態でした?
前田●いやぁ、素晴らしいですよ。アナログに勝るものは無いですね。レコーディングの状態も良く、いつの時代になってもフレッシュというか、これから20年経ってもちゃんと再生できるでしょうね。
元春●うん。特に『SOMEDAY』は、レコーディングエンジニアが吉野金次さんで、マスタリングが田中さん。自分にとっては3枚目のオリジナルアルバムだったんだけども、吉野金次さんと一緒にお仕事をさせてもらって、いかにレコーディングとミックスが大事か教えられました。吉野さんは作業が面白いんですよ。「ロックンロールナイト」とか「サムディ」で、ウォール・オブ・サウンド的なディープな残響感が欲しいということで ──彼は新宿のテイクワン・スタジオで仕事をしていたんだけど── 真夜中になるまで待って、ビルの階段のところにスピーカーを置いて鳴らして、その残響をステレオで録ってサウンドの中に混ぜ入れることで深みのあるリバーブ感を出した。まさか、真夜中のビルで残響を録っているなんて、聴いた人は思ってないよね(笑)。
前田●新宿ならではですね(笑)。
元春●そういう手作りの発想、感覚が楽しかった。「ミックスというのは、技術というよりはやはりクリエーションなんだな」ということを深く感じたね。それを田中さんがマスタリングして、初期の僕の代表的な1枚になったわけなんですけどね。それを20年経ったときに「SOMEDAY 20th Anniversary Edition」を前田さんがデジタルリマスタリングしてくれた。あのサウンドは本当に素晴らしかったですね。

佐野元春歴代マスタリングエンジニア
◎ 80's
BACK TO THE STREET
田中三一
ハートビート
田中三一
サムディ
田中三一
NO DAMAGE
田中三一
ヴィジターズ
BOB LUDWING, NYC
カフェボヘミア
TONY COUSINS (TownHouse Studios), LONDON
ザ・ハートランド(ライブ)
HOWI WEINBERG(MasterDisc Studio, NYC)
ナポレオンフィッシュと泳ぐ日
ARAN CHAKRAVERRY, LONDON
タイムアウト: TIM YOUNG (TownHouse Studios), LONDON
◎ 90's
スイート16
BOB LUDWING, NYC
サークル
田中三一
フルーツ
田中三一
BARN
GREG GALBI , NYC
STONE AND EGGS
田中三一
◎ 00's
20th. Anniversary Edition
前田康ニ
12inch Club Mix Collection
前田康ニ
Grass
前田康ニ
SOMEDAY Collector's Edition
前田康ニ
VISITORS 20th Anniversary Edition
前田康ニ
In motion 2003 増幅
小泉由香
THE SUN
前田康ニ

'80sマスタリングに関する技術的な話題
CDというのはデジタルのいろんなディザノイズがあるので、レコーディングの時に少しハイを上げてレコーディングして再生の時に落とすという「エンファシス」という機能が付いていたんですね。当然、ハイが上がるもんだから、あんまり高い方の録音レベルが上げられない。なのでレベルが下がるということがあったんです。ところが、海外から来るやつはエンファシスが掛かってないんですよ。でも日本はあの当時、ノイズが出るから絶対エンファシスを掛けなければいけない。そのせいで音圧なんかの部分で洋楽と差が出てきていた。そこで僕がエンファシスを外すと言ったら相当揉めましたね。でもそうやってどんどん追いかけていった。佐野さんみたいに向こうでレコーディングやマスタリングに立ち会っている人に、何をやってるのか写真を撮ってもらったり話を聞いて、そこから憶測でいろいろ試行錯誤していったんですよ。(田中)

6mmのテープ
1/4インチ幅のオープンリールテープ。そのテープ幅から、通称6mm(ロクミリ)やシブイチなどと呼ばれる。'80年代、国内ではマスターテープとして主流だった。