國崎●この対談を読んでいる方々にも分かりやすく説明すると、この25年でCDマスタリングは、何が変わったからこんなに良くなったんでしょう?
前田●いや、何も変わっちゃいないですよ。ハイサンプリングとかダウンコンバーティングとか、技術的な違いはあると思うんですけど。でも、本質は音楽なわけで、そこは変わっていないですから、CDが出た頃から今まで、いくら技術が向上しようと変わってはいないですね。それは、アナログが出た頃から終わる頃まで変わっていないのと同じことだと思います。レコーディングに関してはいろんなものが出てきて「あぁ、違うなぁ」と思うけど、中にある佐野さんの音楽は普遍ですからね。
田中●たしかに機材はすごく良くなってるよね。このコンソールにしてもレコーダーにしても情報量が上がってきている。昔聞こえなかったけど今は聞こえる音があるというのは、その頃はその程度しか機械の能力が無かった。昔聞こえなかった音が何で聞こえるんだろうといえば、それがマスターテープに入ってたから。もっと機材のクオリティを上げれば良くなっていたはずなのに、やはり今と比べればナローだったかもしれない。
元春●聞こえなかったタンバリンの粒立ちが出てきたりとか、そういうのはあるよね。
國崎●今回の新しいリマスターを聴いてみたら、新しい発見があるかもしれませんね。
元春●ええ、もちろんあります。僕自身もありましたし。
國崎●ミュージシャンの方って、全部自分で作られてるわけですから、どの音が入ってるか全部聞き分けちゃう。リスナーの方は実はそうではなくて、いきなりパーンと聴くわけだから、タンバリンの細かい音とか最初は気づかない。でも、リマスターで気づくという、そういう楽しみもありますよね。
元春●あると思うね。僕は音楽の作り手ではあるんだけど、同時にロック音楽が好きなリスナーでもあるので、10代の頃から音楽を聴くのが好きなんですね。そうすると、すごく代表的な例で言うと、ビートルズの'60年代の音源が当時のプロデューサによってデジタルリマスタリングされたもので聴いてみると、印象がやっぱり違う。聞こえなかった音が聞こえたりすると「当時はこんなことを考えていたのかな?」と。そういう聴き方も今はあるんじゃないかな。
國崎●そういう意味では、今回はよりオリジナルに近い形でのリマスターがされていると?
元春●はい。オリジナルの持っていた雰囲気がすごく伝わるマスタリングだと思う。僕自身が、当時のレコーディングでコンソールの前に行って、スピーカーから出てくる音を思い出しましたから。
前田●アナログテープの情報量がいかに高いかですよね。デジタルだとこうはならないですよね。例えばDATに落としたとしても、48KHzか44.1KHzの領域でしかないですからね。
國崎●掘ってももう掘りようがなく、底にぶつかってしまうという感じですかね。アナログだと、掘っても掘ってもまだ情報がある。
前田●ええ。本当のアナログのマスターのクオリティって、まだ誰も知らないですよね。それは誰も聴けてはいないから。だから、僕たちラッキーです(笑)。
田中●僕がすごく気になってるのは、佐野さんって新しいものを使うのがすごく早いんですけど、でも常に後ろに戻りながらやっている。ちょうど中期頃かな、みんな「ハーフインチのハイスピードが良い」ってそれで録り始めてるときに、あえて38cmの6mmでやってる時があるんですよ。やっぱり原点である『SOMEDAY』の頃に戻ってるんですよ。新しいものを、ニューヨークやロンドンで挑戦している中で、ポッと戻っているのが凄いなと。
元春●エンジニアの方と最先端の技術を使ってお仕事をさせていただいて、もちろん得るものはあるんだけれど、やはりベースというか、自分の物差しは変えたくないんです。自分の物差しというのは、10代の一番多感なときに聴いた'70年代前半から中盤のアナログサウンド。あれが僕の中の良いサウンドとして物差しがあるんだよね。アーティストによって世代が違えばその物差しは違うんだろうけど、僕の場合はそうなんだ。だから、先に行ったりまた戻ったり、Back & Forthで良いところを探っていくという感じですね。

元春が語る「歴代マスタリングエンジニア」
これは大瀧さんと意見が一致したんだけど、田中さんは「ミュージシャンのこうしてくれということには、とことん付き合ってくれるエンジニア」。すごくリスペクトしています。レコーディングの表現というところに付き合ってくださった、最初のエンジニアだった。

前田さんは2000年以降、「SOMEDAY 20th Anniversary Edition」で初めてお世話になったんだけれども、レコーディングエンジニアに渡辺省二郎さんと前田さんは僕の中ではセットなんですよ(笑)。セットなんて言ってはいけないんですが、それくらい2人のコンビネーションがパーフェクトなんです。このコンビネーションによって、1+1=2になるんじゃなくて、それ以上の成果をいつも見せてくれる。それに、省二郎さんも前田さんも恐れを知らない(笑)。僕の求めるロックンロール感というか、はみ出るものも許してもらえるという、その感覚を知っている。