佐野元春『HAYABUSA JET II』

評論 ─ 佐野元春 & ザ・コヨーテバンド『HAYABUSA JET II』『HAYABUSA JET II』を巡るテキスト

“永遠に若い”とは、単なる言葉の綾ではない

渡辺 亨

 五木寛之セレクションのシリーズの『音楽小説名作集』(2023年/東京書籍)は、1966年から70年までに発表された、歌謡曲やジャズ、ファドなどに関する6つの短編小説を収めた作品集である。先日、その短編のひとつを数十年ぶりに再読するために同書を入手したのだが、巻末に2023年に行われた五木寛之とマイク・モラスキーの両氏の対談が掲載されている。モラスキー氏は、早稲田大学国際教養学部の教授だが、ジャズ・ピアニストでもあり、書き手としてはジャズに関する著作も多い人物だ。

 その対談の中で五木寛之氏は、若い頃は「10年経ったら古くなるような小説を書く」と偉そうに言っていた。(中略)常にその時代と心中する気分で小説を書いてきたから、逆に10年経って古くならないような小説は、100年経ってもダメだろうと思っていた、と語っている。

 この考え方は、ポップ・ミュージックについても当てはまる。  アメリカには20世紀に入ってからミュージカルや映画のために作られ、同時代に流行し、年月を超えて今でも愛され続けている曲がある。そうした楽曲の総称が、“Great American Songbook”だ。ただし、今やジャズ・スタンダードとして定番となっている曲と、ひと夏を彩っただけで終わってしまったような曲の間には、優劣はない。ポップ・ミュージックは、基本的には流行音楽なのだから。

 また、同時代性と普遍性を兼ね備えたポップ・ミュージックが、真に最高なものかと言えば、そういうわけでもない。もちろん、小説とポップ・ミュージックを同じ表現として捉えるのは、いささか無理がある。殊に録音芸術としてのポップ・ミュージックは、楽器や録音のテクノロジーと絡めて語る必要があるので、なおさらだ。ただし、たとえ小説家であっても、シンガー・ソングライターであっても、あえて同時代の言葉使いを用いたり、同時代の空気を取り入れたりして、自分なりに表現をすること、場合によっては時代と心中する気概を持つこともあるだろう。だから最初から普遍的であることだけを優先し、重要視しているような人には、先に引用した五木寛之氏の思考は理解できないに違いない。

 ポップ・ミュージックの作り手としての佐野元春は、常に同時代性と普遍性の両方に注意を払ってきた。ただし、両者のバランスは、曲によって、時代によって、かなり異なる。このことは、これまでの佐野元春の音楽活動が物語っているが、今年発表された『HAYABUSA JET Ⅰ』と『同 Ⅱ』の2枚のアルバムは、ことさら鮮やかに伝える。

 『HAYABUSA JET Ⅰ』の収録曲は、主に佐野元春が20~30代のときに作り、1980年代から90年代前半までの間にシングルとして発表した“佐野元春クラシックス”。もちろん、それらの中には、ザ・ハートランドやザ・ホーボー・キング・バンドのメンバーと一緒にレコーディングしたり、ライヴで演奏した曲が含まれている。 『HAYABUSA JET Ⅰ』は、佐野元春クラシックスの、各々のコード進行やテンポ、歌詞の一部などを改変し、ザ・コヨーテ・バンドの演奏と最新テクノロジーの力を借りてアップデート━━“再定義”した新録アルバムということになる。佐野元春が常に同時代と併走してきたミュージシャンだからこそ生み出すことができたアルバムであることは、言うまでもない。

 今回の『HAYABUSA JET Ⅱ』は、一般的には『同Ⅰ』の続編ということになるが、“クラシックス”や“再定義”よりも、“新しい”という言葉にこだわりたい。僕に言わせてもらうと、これは、佐野元春の曲を“新定義”したアルバムである。

 『HAYABUSA JET Ⅱ』は、佐野元春のイメージの中心にあり続けてきた“innocence(無垢)”を題材とする「君を想えば」で始まる。“innocence”は、旧大陸のヨーロッパに対して、新大陸と位置付けられたアメリカで、旧い価値観に汚されていないものとして、当初から大きな価値を持っていた。ジャズも、ビート文学も、そしてロックンロールも、すべて“innocence”が生んだ若者文化だ。しかも「君を想えば」は、デビュー20周年を記念してリリースされた『The 20th Anniversary Edition』 (2000年)の最後を飾る「イノセント」をベースにしている。

 この『HAYABUSA JET Ⅱ』には、音作りの面で普遍性より同時代性、それも日本国内ではなく、ニューヨークの音楽シーンの方に振り子が揺れていた『VISITORS』(1984年)から選ばれた3曲も収録されている。ただし、「君を汚したのは誰」のオリジナルにあたる「Shame」は、ジョン・レノンの作風を思わせる曲。すなわち『VISITORS』中では、もともと“同時代性”より“普遍性”の方が際立っていた曲だが、いずれにせよ、「訪問者たち」、「君を汚したのは誰」、「新しい世界」として新録された『VISITORS』からの3曲は、この新定義こそが未来のスタンダードになりそうな予感がする。

 加えて、オリジナルが『The Sun』(2004年)に収録されている比較的新しい「太陽」があるし、逆に『Someday』 (1982年)の「Happy Man」がオリジナルである「吠える」はもっとも昔の曲だが、これは新解釈を通り越して“新曲”と呼んでもさしつかえないように思える。また、こじつけと思われるかもしれないが、「新しいシャツ」にも、清々しい“新しさ”を感じた。「新しいシャツ」のオリジナルは、『The Circle』(1983年)に収録されている。

 そのオリジナルはR&B色が濃く、モッズの兄貴分である英国人のジョージィ・フェイムによるオルガンやTOKYO BE-BOPのブラス・セクションも冴え渡っている。ただし、情熱が込められた佐野元春のヴォーカルにエフェクトがかかっている分、この時代に生きる新しい世代の人たちに歌詞がストレートに伝わりづらい。その点、『HAYABUSA JET Ⅱ』の「新しいシャツ」は、佐野が近年よく口にする“For future generations(未来の世代のために)”に重要なメッセージが伝わる仕上がりで、間奏のギターとキーボードもすごく良い。

 佐野元春がシングル「アンジェリーナ」でデビューしたのは1980年3月21日、今から約45年前のことだ。それから間もない頃に、大学の先輩が「アンジェリーナ」のことを話題にして、学食で“佐野元春って、かなりいいよね”と2人で語り合ったことを思い出した。その先輩は、大学卒業後にプロフェッショナルのミュージシャンになったが、10年ほど前に病気で帰らぬ人となった。その先輩と一緒に、2025年に発表された『HAYABUSA JET Ⅱ』の若々しさと新しさを語り合い、褒め讃えたかった。“永遠に若い”とは、単なる言葉の綾ではない。