佐野元春『HAYABUSA JET II』

評論 ─ 佐野元春 & ザ・コヨーテバンド『HAYABUSA JET II』『HAYABUSA JET II』を巡るテキスト

“Ⅰ”があるなら“Ⅱ”もある

市川清師

 “Ⅰ”があるなら“Ⅱ”もある。佐野元春自らのオリジナル・ナンバーを“再定義”したアルバム『HAYABUSA JET』。デビュー45周年の記念すべき2025年にニュー・アルバムが2枚も出る。長年応援してきたオーディエンスにとって、『佐野元春45周年アニバーサリー・ツアー』とともに嬉しいプレゼントだろう。

 『HAYABUSA JET』は「自身のクラシックスを新世代にプレゼンテーションしたい」という意図で、過去の名曲を佐野元春 & THE COYOTE BANDとセルフカヴァーした作品だが、ただのカヴァー・アルバムではない。自らの楽曲を現在に鳴らすため、“再定義”しているのだ。

 “Ⅰ”は「Youngbloods」や「つまらない大人にはなりたくない」(原曲「ガラスのジェネレーション」)、「街の少年」(原曲「DOWNTOWN BOY」)、「君をさがしている(朝が来るまで)」、「約束の橋」など、80年代のTHE HEARTLAND時代の名曲を収録。そして“Ⅱ”は「新しい航海」、「太陽」、「レイン・ガール」、「君を汚したのは誰」、「吠える」(原曲「Happy Man」)、「誰かが君のドアを叩いている」、「新しい世界」(原曲「New Age」)など、THE HEARTLAND期、THE HOBO KING BAND期の中でも時代を超えたメッセージを持つナンバーを再定義し、THE COYOTE BANDの新しいスタンダードとして提示した。

 過去の名曲を時代・世代を超えて現在に問い直すため、佐野は“いまの音”を探り、“いまの言葉”を手繰り寄せる。曲名を変え、歌詞も更新したものもある。本質は失わずとも、時代の手垢や錆びを点検し、磨きをかけ、現在にふさわしい意匠を纏わせる。ライブではオリジナルを大胆に更新し“新曲”として披露することもある一方、リイシューではバーニー・グランドマンやテッド・ジェンセンといった現代の名匠に最新マスタリングを依頼している。

 この『HAYABUSA JET』も当然ながら“出音”からして違う。時間と世代を超え、現在進行形のロックバンドであるTHE COYOTE BANDに相応しい音が鳴っている。“Ⅰ”“Ⅱ”ともにレコーディング・エンジニアは長年の盟友・渡辺省二郎、マスタリング・エンジニアはミューズ、コールドプレイ、ジェイムス・ブレイクらを手掛けるマット・コルトンが務めた。

 佐野が標榜する“再定義”とは、流行の衣装を着せ替えることではない。THE COYOTE BANDと20年をかけて、『COYOTE』(2007年)、『ZOOEY』(2013年)、『BLOOD MOON』(2015年)、『MANIJU』(2017年)、『今、何処』(2020年)という強靭な作品をともに作り上げてきた。その経験と信頼が、今回の挑戦を揺るぎないものとしている。

 “アニバーサリー・ツアー”には祝祭や同窓会的側面もある。佐野はそれを否定はしないが、ノスタルジーだけに浸るつもりもない。これは、時代と世代を超えて“再定義”を世に問うツアーでもある。特に“Ⅱ”は“Ⅰ”以上に意欲的で挑戦的。大胆な冒険に挑んだ。

 特筆すべきは、ニューヨークの仲間たちと作り上げたアルバム『VISITORS』(1984年)から、「訪問者たち(Visitors)」、「君を汚したのは誰(Shame)」、「新しい世界(New Age)」の再定義ヴァージョン3曲を収録している点だろう。

 「君を汚したのは誰」には、“偽り/策略/謀略/競争/偏見/強圧/略奪/追放/悪意/支配”といった言葉が連なる。1984年の言葉ながら、悲しいことにこの地球上から災いはなくならない。いまも続いている。1985年7月13日のチャリティー・コンサート「LIVE AID」の衛星放送では、佐野は東京のスタジオから参加し、英語字幕付きで同曲の映像を発信した。

 『VISITORS』のタイトルトラックには“This is a story about you”(これは君のことだ)という一節がある。同作リリース時、今は亡き吉原聖洋は「このフレーズこそ重要だ」と語っていた。遠い場所の物語ではない。これはあなたの物語なのだ。2025年にアップデートされたこの曲を、私たちはどんな気持ちで聴くのか――。懐かしさではなく、いまの歌としてどう受け止めるかが問われている。

 帰国後、THE HEARTLANDにTOKYO Be-Bopを加えて行われた『Visitors Tour ’84–’85』、2014年のフジロックでの“『VISITORS』完全再現ライブ”などを経てきたが、THE COYOTE BANDとの再定義版こそが、ひとつの“最適解”と言えるのではないだろうか。

 すでに「新しい世界(New Age)」は45周年アニバーサリー・ツアーや2025年のフジロックで披露され、再定義ヴァージョンは若いオーディエンスにも確かな手応えを示している。THE HEARTLANDやTHE HOBO KING BAND期の楽曲とも自然に共振し、共鳴しているのだ。

 これから先、再定義された名曲が、佐野元春 & THE COYOTE BANDの現在進行形の名曲とどう絡まり、どんな景色を見せてくれるのか。楽しみでならない。