佐野元春『HAYABUSA JET II』

評論 ─ 佐野元春 & ザ・コヨーテバンド『HAYABUSA JET II』『HAYABUSA JET II』を巡るテキスト

私たちの日常を照らすアルバム

森朋之

 佐野元春のデビュー45周年/THE COYOTE BANDの結成20周年を記念したアニバーサリー・ツアーの初日(2025年7月5日(土)/さいたま市文化センター大ホール)。この日のステージから伝わってきたパッションは、今も身体のなかにしっかりと息づいている。

 セットリストの軸を担っていたのは、アルバム『HAYABUSA JET Ⅰ』の楽曲だった。「つまらない大人にはなりたくない」「自律主義者たち」「君を探しているー朝が来るまで」。“元春クラシックの再定義”という明確な趣旨のもとでアップデートされた名曲たちが次々と放たれ、オーディエンスの熱狂と歓喜を生み出していく。前日の7月4日にはイギリスのロックバンド・oasisの再結成ツアーがスタートしたのだが、この日のステージを目の当たりにした筆者は「私たちには佐野元春がいる!」と誇らしい気持ちに包まれていた。

 その後もツアーは続き、「FUJI ROCK FESTIVAL」「RISING SUN ROCK FESTIVAL」にも出演。THE COYOTE BANDの演奏はさらに磨かれ、ライブのクオリティも確実に上がっていった。そして新たに届けられた『HAYABUSA JET Ⅱ』を聴いたときにまず感じたのは、“佐野元春&THE COYOTE BANDのステージの熱気がパッケージされている”というリアルな感覚だった。実際、「新しい航海」「レイン・ガール」「誰かが君のドアを叩いている」などはアニバーサリー・ツアーでも披露されているが、テクニックと創造性、何よりも“この瞬間、この場所でロックするんだ!”という思いに貫かれたアンサンブルは、本作『HAYABUSA JET Ⅱ』においてもしっかりと息づいている。たとえば「吠える」。オーセンティックなロックンロールに根ざしながら、原曲「Happy Man」の刹那的な疾走感を2025年に蘇らせた演奏・アレンジは、驚くほどの瑞々しさに溢れている。そう、この躍動感こそが、このアルバムの核なのだ。

 THE COYOTE BANDが結成されたのは2005年。以来、シンプルに研ぎ澄まされたサウンドを追求し、ホールやクラブを含むライブ活動を継続することで、バンドとしての個性とアイデンティティを掴み取ってきた。現時点のおける、その最高の成果こそが『HAYABUSA JET Ⅱ』であることは間違いないだろう。“年齢なんて関係ないよ”という佐野の声が聞こえてきそうだが、80年代から輝かしいキャリアを築いてきたミュージシャンが、50代になる直前に一回り下のミュージシャンとバンドを結成し、新たな作風とサウンドデザインを獲得したことは、やはり特筆されるべきだと思う。

 収録曲にも明確な意図が感じられる。『HAYABUSA JET Ⅰ』は80年代~90年代の代表曲が中心で、従来のファン以外のリスナー、特に若い世代の音楽ファンにも強く訴求できる内容だった。実際、前作は高く評価され、幅広い層に届いたわけだが(ツアーの会場にも若いオーディエンスが足を運んでいる)、それを踏まえて本作『HAYABUSA JET Ⅱ』では、聴き手に向けたメッセージが強く感じられる楽曲がピックアップされているのだ。  君が好きだ、君がいなければこの世界の意味がないという思いを率直に響かせる「君を想えば」。〈夢を見る力をもっと〉というリフレインに胸を打たれる「太陽」、大切な人が傷けられ、汚されていることへの憤りが伝わる「君を汚したのは誰」。これらの楽曲に込められたメッセージは言うまでもなく、2025年の社会において、さらに大切な意味を持っている。

 経済格差、排外主義、陰謀論といった言葉が当たり前のように飛び交い、国籍、ジェンダー、社会的なポジションなどによる人々の分断が可視化されて久しい。次の世代の為に少しでも世界を良くしたい、でも、何をどうしたらいいか……と自らの無力さに苛まれているのは筆者だけではないだろう。

 そんな現状に目を逸らすことなく、佐野元春は楽曲とライブを通し、我々を鼓舞し、励まし続けている。その姿勢もまた彼が多くのファンに支持され続けている理由であり、それはもちろん『HAYABUSA JET Ⅱ』の求心力にもつながっている。シリアスに落ち込んでる暇なんてない。合言葉は〈タフでクールでヒューマンタッチ〉。フェイクや嘘に惑わされず、欺瞞や不正義にははっきりとノーを示し、自分らしくロックし続けようーー。『HAYABUSA JET Ⅱ』をプレイするたびに筆者は、そんなワクワクするような気持ちに導かれる。ちょっと楽観的過ぎるかもしれないが、この時代においては、そのくらいの高揚感が必要なのだと思う。

 もちろん受け取り方は人それぞれだが、このアルバムがリスナーをエンパワメントすることは絶対にまちがいない。本作が放つ真摯でポジティブなバイブレーション、そして、ロックンロール/ポップミュージックの楽しさとしなやかさは、貴方の日常を強く照らしてくれるはずだ。