佐野元春 | VISITORS 20TH Anniversary Edition


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9ストーリーズ ヴィジターズを巡る9つのストーリー




05 国内初のプロモーション・クリップ「トゥナイト」

Text : 下村 誠

 「僕はストリートの真ん中で歌を書き、歌っていきたい」と語り、1983年の5月にニューヨークに旅立った佐野元春が翌年3月にアルバム『VISITORS』に先駆けて日本に届けた作品がシングル「トゥナイト」だった。

 僕らはこの「トゥナイト」を聴きながら佐野のニューヨーク生活を想像したものだ。日本でのリリースから遡ること3ヵ月の1983年12月、寒空の下で「トゥナイト」のプロモーション・クリップの撮影が行なわれていた。監督はボブ・ランペル。シナリオはランペルと佐野が綿密な相談を繰り返し書き上げられた。

 オープニングはコンガを叩く手のアップと地下鉄とニューヨークの夜景。公園で男性がプレゼントした花束を突き返す女性。この短いイントロダクションだけで「トゥナイト」のテーマが“コミュニケーション・ギャップ”だということが伝わる。

 場面が変わり、自室でタイプライターに向かう佐野がイントロのピアノに合わせてタイプを打つ。タイプされた紙には“トゥナイト”という文字が浮かび上がる。シナリオはこの歌の詞の流れにそって進んでゆく。“今夜は痛みはもう要らない”という最後のリフレインで心が癒され、元の仲のよい恋人同士に戻っていく冒頭の男女。倒れたホームレスの女性の肩の上に手を乗せる黒いコートの男(佐野)。ここにはもうひとつのニューヨークの現実が織り込まれていた。ここまで凝った演出がなされていたにもかかわらず、観る者は素直にこの作品の世界に入っていくことができる。

 1983年というのはMTV(1981年に開局)が世界中のブラウン管に登場した年であり、日本の音楽シーンではミュージック・クリップの重要性がようやく認識され始めた矢先だった。それまでにもライヴ映像を編集してクリップを作っていたアーティストはいたものの、まるで4分間の短篇映画のような世界を持った作品を制作したアーティストはいなかった。

 この作品でプロモーション・クリップの重要性に気づいたエピック・ソニー・レコードは新たにビデオ制作班を設置し、やがて「ヤングブラッズ」や「ワイルドハーツ」といった傑作クリップを生み出すことになる。





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05 国内初のプロモーション・クリップ「トゥナイト」






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