パブ・ロック音楽への接近

 パブ・ロック――英国で起こった音楽ムーブメントで、パンク/ニュー・ウェイヴの導火線となった。その音楽形態は、英国の大衆酒場(パブ)で、専属バンドが日常的に演奏するロックンロールやリズム&ブルース、トラッドなどの影響で生まれたシンプルでストレートなものだった。

 当時、グラム・ロックやヘヴィメタル、プログレなど、華美化し、複雑化した音楽に対抗するような形で登場し、一瞬にしてパンク/ニュー・ウェイヴ・ムーブメントを引き起こした。ある意味では、原点回帰の音楽。その代表的なバンドがイアン・デューリーやニック・ロウ、エルヴィス・コステロ、ブリンズレイ・シュワルツ、エディー&ザ・ホットロッズ、ドクター・フィールグッドなどだ。

「アルバム・セッションメンバー。ブリンズレイ・シュワルツ、ピート・トーマスらと。ロンドン、エア・スタジオの屋上で」

 かつて、佐野元春は「サウンドは言葉を運ぶ、乗り物みたいなものだ」と発言していた。それゆえ彼は伝えたい言葉をさまざまなサウンドに乗せ、送り出していた。時にはロックンロール、時にはジャズ、時にはヒップホップ、時にはソウルなど――そのつど、その言葉が一番いい形で伝わるようにサウンドを選んできたのだ。

NapoleonFish

 その佐野が原点に回帰し、再びロックロールしたアルバムが『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』である。1989年にリリースされたこのアルバムは、プロデュースにコリン・フェアリーを迎え、ブリンズレイ・シュワルツやピート・トーマスなどともに、ロンドンで録音された。いうまでもなく、彼らはエルヴィス・コステロゆかりのミュージシャンたちであり、生粋のパブ・ロッカーたちである。ロンドン・メイドの軽快な8ビートに乗って、「約束の橋」や「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」など、これまでの自分を振り返りながらも前向きに進んでいこうという決意が歌われる。

 ロックンロールは、アメリカで生まれ、それは海を超え、英国や日本へも伝播した。英国と日本――どちらもオリジナルであり、どちらもコピーである。同じような背景を持ちつつ、ロックンロールしているだけだ。それを証明したのがこのアルバムだ。後に、ある雑誌で佐野はコステロと対談しているが、その中で、彼らは「ロックンロールは言語や国境、時代を越えること」を確認しあった。

 先日、佐野元春はコステロと音楽番組で競演。コステロゆかりのパブ・ロッカーたちと作ったアルバム『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』に収録した「愛のシステム」を演奏している。

(市川清師)

出典:MWS「Now & Then」Vol.5 No.10